Digital Artworks TeeART Blog.

デジタルから穴ログまで、日々の改造・探索を綴ります ((((っ´ω`)っ

[戦跡] 佐室トンネル周辺の地下壕に潜って来た  2020-02-17

いすみ市の白土鉱山 を後にし、今度は国道 465号の佐室トンネルにやってきた。


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この周辺に、軍の構築した地下壕があるというので早速見に行ってみる。




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トンネル脇に平場が作られているが、その先の山肌にいくつかの穴が開いているという。
山肌をガサゴソしながら歩いていくと…。




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早速、壕口が口を開けている。
縦長に掘られた坑道は、洞窟陣地を彷彿とさせるが、果たして内部はどうなっているのだろう。




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長靴程度の水没を、ジャブジャブと内部へ進入していく。




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つきあたりまでやってきた。
坑道はここから右に折れているようだ。




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しかし、曲がってみると、すぐに閉塞部が見えていた。
閉塞部はちゃんと平らに削られているし、この壕はこれで完成だったのかな。




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内部を一通り見て回ったので、再び水没区間を越え、壕口へ戻る。




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壕口を出て、そのまま少し進むと、また壕口が現れた。
もう既に誰かが入っているようで、懐中電灯の光が見える。




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内部はかなり狭く、すれ違いも難しそうなので、出るのを待ち入ることに。
壕口付近は土砂が堆積して狭かったが、内部の高さは 1.8m程度はある。




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洞窟陣地のような坑道を進んで行くと、また曲がり角が現れた。
今度は左手に折れている。




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しかし、先ほどの壕と同様に、すぐに閉塞部が見えている。
この閉塞部の先は、先ほど潜った壕の最奥部方向だと思うが、繋ぐ予定は無かったのか、突き当たりの壁面はきれいに処理されていた。




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それ以外の壕口は見つけられなかったので、今度は道の反対側へ移動することに。




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廃道となった国道 465号の旧道部分を歩いて行くと、旧佐室トンネルが見えてきた。
左側にも穴っぽい物が見えるが、これはお社的なものだった。
でも、その右側にあるのは何だろう。
場所的には旧々トンネルの可能性は低そうだが・・・。




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右手にあるトンネルに近づいてみると、『佐室歩道トンネル』と扁額が架かっていた。




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すぐ横にある旧トンネルには、右書きで『佐室隧道』と扁額が架かっている。
幅員は 4.7mしかない。
帰ってから調べてみると、このトンネルは道幅が狭く車のすれ違いもままならないので、先ほど見た、歩道トンネルをすぐ隣に掘ったようだ。




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と言うことで、早速登山道を上っていく。
なんでも、尾根付近に銃眼を備えた狙撃用の壕が残されているというのだ。




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しかし、昨年の台風の影響か、登山道は荒れ果てており、崩落している箇所もある。
倒木も多かったので、斜面を尾根に向かって登っていくことに。




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息を切らしながら登っていくと、やがて尾根が見えてきた。




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周辺を探すと、尾根の直下に壕を発見!!
本当に、尾根の真下に構築されている。




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壕口からは、そのまま銃眼を見ることが出来た。
内部へと入ってみると・・・。




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内部は数人が棲息出来るくらいの部屋となっている。
銃眼は、いすみ市の海岸から上陸した敵兵が、下方の道路を歩いてくるのを狙えるようになっているようだ。




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壕を出て、周辺をガサゴソしていると、もうひとつ壕が見つかったと連絡が入った。




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斜面の下の方から、フラッシュライトで知らせてくれているが、斜面は急だし、荒れているし、なかなか近づくことが出来ない。




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辿り着いた壕口は開口部こそ広いものの、段差もあり内部はかなり狭そうなので、身につけている装備を全部降ろす。




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そして、足の方から、ゆっくりと内部へと体を滑り込ませる。




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壕床は多少の水没があった。
そして、両肩が壁面に触れるくらいの狭い坑道が奥へと伸びている。




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狭い坑道を進んで行くと、やがて広い部屋へと辿り着いた。
先に潜っている、yakumo氏と OKN氏が何か調べている。




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この銃眼も、眼下の道路を狙っているようだった。




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一通り内部を見て回ったので壕口へと戻り始める。
入るときはかなり大変だったが、内部から見ると、そのまま歩いて出られるような感じに見える。
だけど、やはり段差があり、出るのは大変だった。




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そのまま尾根へと上がってみる。
先ほどの銃眼の外側を調べに行きたかったのだが、かなりの急斜面だ。




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yakumo氏は木を足がかりにして急斜面を下りていったが、自分の体力だと戻れなそうなので断念した。
てか、のぞき込むのも怖いくらいの斜面を、ロープ無しで下りていくとは!!!




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yakumo氏も無事に戻り、尾根道を進んでいく。
すると、尾根道上にかなり古そうな木製の電信柱を発見。
プレートをこちら側に向けて、2本並んで立っているが、この写真だと分かりずらいか・・・。




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プレートには、『佐室165 / 91.1』 と書かれている。
木製でかなり古そうではあるが、30年前には使われていたようだ。




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すぐ隣に立っている電信柱のプレートは、『佐室副柱 / 91.1』と書かれていた。




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その後、尾根道をどんどん進んで行くと、突然尾根道が途切れた。
斜面を下ってみると、どうやら古道の切り通しのようだ。




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古道を進んでみると、道の脇になにやら壕口らしき物が!!




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のぞき込んでみると、間違いなく人工的な掘り込みだ。
入り口が埋まっているせいか、壕口は1m程度の縦穴となってしまっている。




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段差を下り、内部を覗いてみる。
奥は部屋になっているようだ。




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部屋には窓のような穴が作られていた。
穴は古道に向けられている。
これも、敵兵を狙う、銃眼なのだろう。




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銃眼の反対側に目を向けると、通路が奥へと伸びている。
真っ暗な坑道は空気の流れもなく澱んでいる。
とりあえず、奥まで行ってみよう。




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狭く暗い坑道を奥まで進んでいくと、やはり奥は閉塞して終わっていた。




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と言うことで、時間は早いが、本日の探索はここで終了。
壕口から這い出て、一気に下山する。




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その後、スーパーにて食材を買い込み、海辺の広場で遅めの昼食をとることに。




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山登りの疲れで気絶している自分をよそ目に、皆テキパキと火起こしや鍋の準備をしている。




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そして、夕方まで大量の焼き鳥や、具たっぷりのキムチ鍋でワイワイする。




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運転があるのでお酒は飲めないし、そもそも明日は仕事なので、早めの解散。
アクアラインの川崎方面は、既に渋滞が始まっているようだ。
高速乗ってもアクアラインの渋滞で時間を取られるので、国道 409号にて帰路につく。




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木更津市に入っても、まだアクアラインは渋滞しているようなので、温泉にでも寄っていこうと、君津市にある房総四季の蔵とかいう施設に立ち寄った。
見た目はまるっきり道の駅のようだが、道の駅一覧には載っていないので、違うのだろう。




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施設内の温泉に入り、小一時間時間をつぶす。




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そして、20時を回り、ガラガラに空いたアクアラインで一気に横浜まで。

今回は、いすみ市の白土鉱山から、佐室周辺探索まで、短い時間の探索だったが、まだまだたくさんの遺構が眠っていそうなので、千葉県方面の探索も、また行こうと思う。


いすみ市にある白土鉱山に潜って来た  2020-02-11

千葉県のいすみ市に磨き砂の採掘場跡が残されているという。
何度も足を運んだ、三重県の半田地下壕 と同様に、磨き砂掘削目的の鉱山だが、内部はどのようになっているのだろうか。


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前夜から千葉県に向かい車を走らせる。
作製したばかりの3連モニターの動きも順調だ。
ただ、ちょっと画面が小さいかな💦




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日も変わる頃、途中のパーキングにて車中泊。




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翌日、maya氏パパゲーノ氏OKN氏yakumo氏と共に、白土採掘坑跡にやってきた。




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山に分け入り、ガサゴソすると、やがて坑口が現れた。
ここ、白土鉱山は昭和44年まで掘り進めていたというから、閉山から既に 50年以上が経っている。
果たして内部はどうなっているのだろうか。




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坑口の高さはちょっと低かったが、早速内部に入ってみると、いきなり高い天井の通路が現れた。
天井には、当時の物だろう、ランプの黒い煤の跡が残っている。




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そのまま先へと進んでいく。
右上にも通路があったようだが、瓦礫で塞がれているようだ。




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壕床は平らに均されており歩きやすい。
排水溝もあり、機能的に掘られている。
どんどん奥へと進んでいくと・・・。




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半田地下壕で見た光景にそっくりの空間が広がっている。




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柱を残しながら掘削を進めるという、残柱式の掘削だ。
この中に迷い込むと自分の方角が分からなくなりそうなくらい、柱だらけの空間だ。




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掘削した磨き砂を搬出するためのトロッコ軌条跡が残る坑道に出た。
これが主坑道だろうか。
付近の壁には、炭で書かれた落書きらしきものが残されている。




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半田地下壕に比べると、全体的に四角く掘られており、雰囲気は抜群に良い。




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いい感じの分岐だ。
トロッコが走り回っていた往時の様子はどんなものだったのだろう。




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奥へ奥へと進んでいるが、まだまだ先がある。
軍の掘削した地下壕にもかなりの広さがあるものもあるが、やはり鉱山は比べものにならないくらいの広さがある。




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壕床の様子が変わってきた。
両脇になにやら段差がある。




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なんだか凄い場所に来た。
主坑道のトロッコに荷積みするための作りなのか!?
まるでプラットホームのような掘削だ。
とりあえず、真ん中の通路に進んで行く。




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ここに来て、だんだんと足場が悪くなってきた。
粘土質の泥土に足を取られる。




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壕床を掘り下げているため、天井が高い。
まるで地下鉄のようだ。




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同じ場所からの振り返り。
今回は5人で潜っているが、単独で潜っている時は、ちょくちょく振り返っておかないと、帰り道の景色が全く違っていて迷ったりするのだ。




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上の方にも坑道が続いている。
今回は行かなかったが、次回探索時には登ってみよう。




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また、立体的な分岐が現れた。
上に登るのは難しそうなので、まずは右手に進んで行く。




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今度は自然の鍾乳洞のような空間が。
人工的な掘削のはずだが、何故かこのような形で掘削されている。
相変わらず、足下はぬかるんでいる。




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どんどん足場が悪くなってきた。
そろそろ山の反対側に到達するのでは無いか、というくらい奥へと歩いているが、まだまだ奥がある。




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また現れた、立体的な分岐。
まるでアリの巣のようだ。




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トロッコの軌条跡を辿り、奥へとすすんでいく。




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すると、やがて辺りの雰囲気が変わってきた。
山肌に近いエリアなのだろうか、再び残柱式の掘削エリアが現れた。
壕床はいつの間にか乾いているが、あちこちにガレがある。




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そして、この周辺には多数の落書きが。
当時の従業員が書いたものだろうか。
落書きは、内容を信じると昭和 30年頃の物のようだ。




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奥に水が溜まっている坑道があったので、奥へと進んでみると・・・。




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曲がってすぐに行き止まり。
まるで、部屋のような掘り方だが、掘りかけなのだろうか。




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このエリアは落盤が多い。
地質は、まさに白土だ。
珪酸の割合が高いようで、手でパラパラと砕ける、特徴的なものだ。




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再び、トロッコ軌条の残る、主坑道へと歩いて行く。




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枕木の跡に足を取られながら進んで行くと・・・。




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またまた立派な分岐が。
こういう形の分岐はホント興奮する。




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やけに天井の高い坑道を進むと、空気の質が一気に変わってきた。
地下に潜る人なら分かると思うが、明らかにこの先が開口している閉塞感の感じられない空気だ。




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かなり古そうな掘削地帯を抜けると・・・。




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やはりあった開口部。
山肌にぽっかり開いた坑口のGPS座標を記録し、再び暗い坑内へと戻る。




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今回は、本格的な探索では無く、場所を案内してもらった感じなので、そろそろ入坑した坑口へ戻り始める。




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と言うのも、この付近には、他にも物件があるというので、案内してもらうことになっているのだ。




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進入した坑口へ戻ってきた。
再び山肌をガサゴソし、車へと戻る。




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そして、車でちょっと走り、国道 465号の佐室トンネルまでやってきた。
このトンネル周辺には、いくつかの壕や銃眼が残されているというのだ。

と言うことで、 佐室トンネル周辺の地下壕に潜って来た に続きます!!


[戦跡] 大磯にある洞窟陣地を見に行ってみた  2019-12-23

大磯の洞窟砲台 を後にし、山の反対側で洞窟陣地の壕口らしきものを発見したので、今回はその内部へと潜入していくことに。


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壕口は、コンクリートにより固められているが、軍の構築した陣地にしては様子がおかしい。




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内部をのぞき込んでみると、壕口付近には水槽が作られていた。
おそらく戦後に井戸として整備していたのだろう。




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内部に進むと、すぐに右手に枝坑が伸びていたので、まずはこちらを見に行くことに。




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この枝坑は20m程度で行き止まりとなった。
塞がれているように見えるので、どこかの法面に当たっているのかもしれない。




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今来た枝坑を戻り、再び壕口付近へと戻っていく。




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壕口付近にある、井戸の構築された辺りまで戻ってきた。




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続いて、本坑と言うか、幹となる坑道を進んで行く。




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本坑を進んで行くと、 3方向への分岐が!!
こういうのはテンションが上がる。
案外複雑な内部構造をしているのかもしれない。




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まずは左手の広めの坑道へと進んでみる。
天井部分が大崩落し、壕床に土砂が堆積している。




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しかし、その土砂の上によじ登ってみると、奥にはまだ進める坑道が見えている。




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支保工だろうか、杭のようなものがいくつも見られる。




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横 1メートル、高さ 1.8メートルほどの坑道を進んで行く。




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しかし、この坑道も、この先すぐに塞がれていて行き止まりとなっていた。
進入した壕口と同じ方向に曲がって進んでいたので、法面にあった別の壕口を塞いでいるのだろう。




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先ほどの分岐まで戻り、今度は真ん中の坑道を進んでみる。




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壕床には若干の水没が。




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しかし、深さは長靴程度なので、問題なく進んで行けそうだ。




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30メートル以上進んできているが、まだまだ奥がありそうだ。




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坑道の幅が狭く、圧迫感がすごい。




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そのままどんどんと奥へと進んで行くと・・・。




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こんな奥で、また分岐が!!!
いったいどうなっているんだ、この地下壕は。




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まずはちょっと広そうな右手の坑道へと進んで行く。




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あ、行き止まりの所になにやらいる!!




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ちょっと近づいてみる。
ハクビシンだ。
おそらくここを塒としているのだろう。




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行き止まりも見えていたし、あまり刺激してもかわいそうなので、最奥部までは行かず、分岐部分まで戻る。




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そして、かなり狭そうな左手の坑道を進んで行くことに。




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どんどん奥へと進んで行く。
ちょっとありえないくらい幅が狭く、両腕が壁にズリズリと擦る。




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城ヶ島の洞窟陣地に潜った際、狭いなあとは思ったが、ここはその比では無いくらい幅が狭い。
背中側に回したウエストバッグもズリズリと擦りまくっている。
奥に全く光は見えず、風の流れも無い。




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結構な距離をそのまま進んで行くと、やがて行き止まりが見えてきた。




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やはりこの坑道も行き止まりなのか。
この狭さの坑道を何人でどうやって掘っていたのだろう。
すれ違いなど絶対に不可能なので、大勢で協力して掘り進むにしても、かなり苦労したのではないか。




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狭い坑道内で体を 180度回転させ、今来た狭い道を戻ることに。





戻る際に撮影した動画がこちら。
ズリズリ聞こえるのは両腕が壁に擦れる音。
たまにチリチリ鳴るのは、霊的な何かでは無く、ウエストバッグにぶら下げた熊避けの鈴です。
普段は音がしないようにネオジム磁石で留めてあるのですが、あまりの狭さに磁石がずれまくっていました。




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という事で、入口付近まで戻ってきた。




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しかし、先ほどの 3つに分かれている場所の右手をまだ確認していないことを思い出し、そちらを見に行くことに。
右手の坑道を進んで行くと、この写真のような分岐が 3か所ほどあった。
どの分岐も、片方はすぐに行き止まりで、もう片方は奥へと続いていた。




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結局最後はどの枝坑も行き止まりとなっていたのだが、行き止まりの手前の足元に、 高さ 90cm程度の小さな横穴が開いているのを発見。




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幅は 50cm程度だろうか。
コンクリートで枠が作られている、謎の枝坑だ。




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荷物を全ておろし、小さな穴へ体をねじ込んでいくと、なんと奥は広くなっており、まだ先へと進めるようだ。
壕床の土砂により高さがあまりないため、ほとんど四つん這いの状態で奥へと進んで行く。




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ごく短い枝坑の分岐があったものの、20m程度で崩落跡が見えてきた。
同行した すじ氏はあの上を越えて更に奥へと進んだようだが、自分の身体の硬さでは、匍匐で越えるのは厳しそうなので、これ以上は進むのを諦めた。




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潜り抜けてきたコンクリートの枠の所まで、戻ってきた。
ここ、抜けられるなかな・・・。




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頭から行くか、足から行くか、何度か試してみた後、結局足の方から体をねじ込んで脱出することにした。




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体中を泥だらけにして壕の外へ出てきた。
自分以外も泥だらけだ。
同行者の 祐実総軍三等兵氏が、歩測により内部のマッピングしていた。




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匍匐前進の先も気になるし、ここはまた潜りに来たいと思う。




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という事で、大磯付近の地下壕を探索したが、この付近には他にもまだ物件があるという事なので、いずれまた、再訪問してみたいと思う。


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