Digital Artworks TeeART Blog.

デジタルから穴ログまで、日々の改造・探索を綴ります ((((っ´ω`)っ

[戦跡] 西浦砲台の左翼観測所を見に行ってみた  2019-06-19

横須賀市秋谷にある光雲寺。
その近くに、大正時代に陸軍によって作られた西浦砲台がある。
結局、地盤の悪さにより、配備前に計画は中止されたが、現在も、遺構はそのまま残されている。
今回は、その西浦砲台の観測所が山中に残されているというので、見に行ってみた。


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2019年のゴールデンウイークのちょっと前。
新潟県でスクートを滑りまくったあと、そのまま横須賀市へ向かう。
深夜に、静岡県から遠征してきた 空母欲奈氏 と落ちあい、駐車場にて車中泊。
明け方近くまで飲みまくってしまった。




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翌朝、 Yakumo氏あけ氏 と共に、4人で西浦砲台の左翼観測所へ向かう事に。




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西浦砲台の観測所は、砲台から南へ 1Kmほどの山の山頂付近にあるという。
しかし、山頂付近には背丈を越える藪が群生し、遺構の発見は困難を極めるとか・・・。
大丈夫かな・・・。

立石付近から踏み跡を辿り、山を登っていく。




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わずかな踏み跡を辿りながら、山頂を目指す。
初夏の太陽が照り付けて、たちまち汗が噴き出してくる。




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どんどんと登っていくと、貯水槽のような遺構を発見。
コンクリートを見る限り、当時の遺構のようだが、観測所はこの付近なのだろうか。




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辺りを調べていると、標柱を発見。
確かにこの山は、陸軍の管轄地だったのだ。




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しかし、辺りをガサゴソするが、一向に観測所が見つけられない。




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背丈をはるかに超える竹藪の中をどんどんと進んでいくと・・・。




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徐々に、前方が明るくなってきた。




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藪の中から突然現れた、観測所遺構。




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藪の中で、コンクリートで作られた、この遺構部分だけが、草木の浸食を免れている。




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掩蔽部を通り抜け、手前にある小さな広場へと移動する。




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石積みされた階段が朝の光を浴びていい感じだ。




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階段を上がっていくと、砲台長の指揮所が。




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そして、鉄製の扉が据え付けてあったと思われる二つの大穴が。
なんだろう、これは。




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コンクリート上部には、太いボルトが突き出ている。
おそらく、鉄製の蓋があったのだろう。




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大きく開けられた穴を調べてみる。
穴は、すぐ下の、掩蔽部へと通じている。




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左側の穴。




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そして、これが右側の穴。




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下側から見るとこんな感じだ。
伝声管かなとも思ったが、それだけの用途としては形がおかしい。




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何かの装備を行き来させていたのかも知れないが、確証は得られなかった。




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今度は、奥にある部屋を見に行ってみる。




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かまぼこ型の掩蔽部の真ん中を、レンガの壁で仕切っている構造のようだ。




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ドアのヒンジごともぎ取られた跡が残っていたが、当時は鉄扉が備え付けられていたのだろう。




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斜面をよじ登り、半地下構造の遺構全体を見てみる。




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ほとんど訪れる人がいないだろう、この遺構だが、人知れず山中に当時のまま残されているというのがたまらない。




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十分に遺構を堪能したので、そろそろ山を下りることにする。
先ほどの激藪を抜けるのも大変そうなので、歩きやすい場所から山を下っていく。




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踏み跡も無いような山中を、少しずつ下っていくが、急斜面があったり、行く手を木々に阻まれたりで、なかなか降りることが出来ない。




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しかし、時折発見される旧軍の標柱により、まだ、軍の管轄地の中にいることが分かる。




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正直、撤収にこんなに苦労するとは思わなかった。
木々に電波が遮られ、GPSの位置情報も怪しくなってきた。




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あ、また標柱がある。




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という事は、ここはかつての軍道なのだろう。




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無理矢理高さを下げながら進んでいくと、やっと近年の踏み跡を発見。
これで、住宅地まで降りることが出来そうだ。




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という事で、横須賀市にある西浦砲台左翼観測所を見に行ってみたのだが、思った以上に到達が困難な物件であった。




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自分はこの後、用事があったため探索から離脱したが、このあと西浦砲台の本体にも訪問しているので、興味のある方は続きをどうぞ!

Yakumo氏レポ
空母欲奈氏レポ




[廃道] 国道411号-柳沢峠旧道を見に行ってみた  2019-06-06

東京都の青梅市から奥多摩を抜け、山梨県の塩山 (現甲州市) へと抜ける国道411号。
その塩山手前にある柳沢峠は以前はヘアピンカーブの連続で、警笛鳴らせの看板が立ち並ぶ、かなりの狭隘道路だった。
その柳沢峠が、近年の工事により劇的に変わってきているというので、ちょっと見に行ってみた。


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というわけで、いつものごとく仕事が終わった週末に山梨方面へと走る。
今回は、山梨側から東京方面へと攻めてみることに。




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PAにて車中泊し、翌朝、早速塩山方面へと車を走らせる。




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塩山から柳沢峠へと向かい、登っていく。




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国道411号を気持ちよく走っていると、早速旧道を発見。
と言っても、途中に記念館みたいな物があるため、廃道にはなっていないようだ。




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オレンジ色が現道。
紫色が旧道。
そして、(ちょっとずれてるけど)青丸が現在地。




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車を駐め、歩いて行ってみる。
狭く見える橋だが、この橋が以前の国道411号の物だったのだ。




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線形改良の際に拡幅したのだろうか。
旧道にしてはやけに広い気がする。
20年前くらいに通った際は、バイクでも狭く感じたもんだ。




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現道との合流点の奥には、旧道時代の物らしきガードレールがひっそりと隠れていた。




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現道をまたぎ、旧道を進む。
幅員は一気に狭くなる。




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うんうん、これこそ、以前の柳沢峠だ。
警笛鳴らせの標識は無いものの、いい感じに狭い道が続く。




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これが以前の国道だったとか、ワクワクしてくる。




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なんせ、東京の青梅から山梨県の塩山に自動車で抜けられる国道は、これしか無かったのだ。




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狭い道を歩いて行くと、やがて現道へと合流した。
以前の道が冗談と思えるほどのような、高規格道路だ。




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現道を下り、車へと戻っていく。




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そして、ちょっと走ると再び旧道らしき分岐を発見。




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車を駐め、奥をのぞき込むと、国道時代のおにぎり看板が残されていた。
看板の向こう側にあった橋は撤去されているようで、進むことが出来ないので、反対側へと歩いてみる。




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特に通行止めにはなっていないようだが、道路は使われていないようだ。




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そのまま歩いて行くと、ガードレールで閉鎖されていた。
ガードレールの向こう側は現道だ。




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車に戻り、さらに登っていく。
するとここにも旧道が。
そう、ここは以前は左手へと曲がるヘアピンカーブだったのだ。
現道は、そんなヘアピンカーブがあったことすら感じさせず、緩い右カーブで続いている。




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以前ヘアピンカーブだった左手へと車のまま進んで行く。




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ナビに旧道が描かれているので、抜けることが出来るはずだ。




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途中、住んでいるのかは分からないが、家屋が残されていた。
この建物のおかげで、この道路は廃道化を免れたのかも知れない。
頭上には現道がもうあんなに高さを稼いでいる。




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かなりの上り坂を一気に駆け上がる。




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現道の高さまで登り切ると、現道へと接続していた。




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高規格な現道を登っていく。




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そして、真新しいトンネルをくぐる。




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以前の柳沢峠にはトンネルなんてものは無かったのだ。
ただただひたすらつづら折りの狭い道が続いていたのだ。
それが、ここまで快適な道路へと変わっていたことに、今更ながらびっくりした。




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トンネルを抜け、車を駐める。
このあたりには、廃道化した道路がたくさん眠っているのだ。




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左の地図が、2018年秋くらいの地図。
線形改良の真っ最中なのか、新旧の道が入り乱れた地図となっている。
右側が、2019年5月時点の地図だ。
旧道は地図からすっかり姿を消した。
ちなみに、上部に残されている、つづら折りの部分も、まもなく消滅する。




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徒歩にて、右手へと続く旧道へと入っていく。




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歩いて行くと、道路上に大量の土砂が積まれていた。
どうやら、廃道化工事を行ったようだ。




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かまわず、大量の土砂の上を歩いて行く。
土砂はしっかりと固められており、歩くのに不安は無い。
しかし、谷側にあったガードレールが埋まるほどに土砂が盛られているので、転がり落ちたら怪我では済まなそうだ。




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道路上に大量に積まれていた土砂が突然途切れた。
前方には小さな橋が見えている。




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土砂の流れ止めなのか、大きな石が斜面に積まれていた。
それを足がかりに、旧道の本来の高さへと下りていく。




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欄干の下に置かれた銘板には、『大門貫沢』と書かれていた。




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橋の向こうには、再び廃道化工事の土砂が。
なるほど、橋上に土砂を置かないのは、土砂の重さで落橋の恐れがあると言うことか。




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盛られた土砂の上をどんどんと歩いて行く。
ガードレールが残されていて、なかなか良い雰囲気だ。




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今でもここを管理しているのかは分からないが、盛られた土砂の上にはマーカーが残されていた。




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進んで行くと、だんだんと空が開けてきた。




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そして、右カーブの注意標識が。




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前方に見えるガードレールの向こう側は・・・。




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そう。
予想通り現道に削り取られて路盤ごと無くなっていた。




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法面へと姿を変えた旧道だが、辛うじて歩ける幅が残されており、まだ先へと行けそうだ。




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転落防止のガードレールを越え、更に旧道を進む。




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こちら側は廃道化工事が行われていないようで、アスファルトがそのまま残っている。




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当時の標識がそのまま残されていて、いい感じだ。




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旧道上には、車止めのガードレールが設置されている。
左手には、現道へ下る道路があり、そこからの進入車を止めるための物だろう。
工事用の仮設道路だと思うが、そのまま残されていると言うことは、こちら側もそのうち廃道化工事をするということか。




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車止めのガードレールを越え、どんどんと登っていく。




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旧道は、国道現役時そのままの姿で残されていた。




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かつてたくさんの車やオートバイが通り抜けたこの道も、今は静かに時を刻んでいる。




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路盤にはたくさんのアスファルトが削れた跡が残されていた。




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眼下を見下ろすと、現道を小型トラックが快適に走り抜けている。




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そして、カーブの途中に電柱が。




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見上げると、今でも使われている様子。
と言うことは、電柱管理道路として、この道路は残されるのかも知れない。




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更に進んで行くと、突然路面上に大きな石が敷き詰められていた。




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これは廃道化工事なのか!?
そもそも、こんな石、どこから持ってきたんだよ。




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石の上を歩いて行く。
ガードレールが大量の石に押され、今にもはじけ飛びそうだ。
ま、そんな事は無いんだろうけど、ガードレールごと谷に落ちてしまいそうで、ちょっと怖い。




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その先は、石の上に土砂が盛られ、植物が繁殖し始めている。
盛られた土砂も脆く、かなり危なそうだったので、素直に現道まで下りることに。




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先ほど旧道から見下ろしていた現道へ下り、車を駐めた場所へと歩いて行く。




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時折り通り過ぎる車から、『なんでこんな所を一人で歩いているんだ』みたいな視線を感じながら、車へと戻ってきた。




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車に乗り現道を進んで行くと、またトンネルが。




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しかし、以前の柳沢峠を知る人には、この光景は信じられないだろう。




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分かりやすい旧道分岐があったので、再び車を駐める。




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簡易に塞いであるので、まだ何かの作業中なのだろう。




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とりあえず進んで行く。




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ん?
ヘアピンカーブのアウト側に、何やら土砂が積まれてるぞ。




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更に進んで行くと、今度は谷側に土砂が積まれている。




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だんだんと谷側の土砂が増えてきた。
でも、歩けるスペースは何故か残されている。




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そして、左へのカーブを抜けると・・・。




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でたー、廃道化工事。
こりゃまた大量の土砂だ。




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ガードレールいっぱいに盛られた土砂の上を歩いて行く。




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しかし、しばらく歩いて行くとだんだんと土砂が無くなってきた。
まだ、作業の途中なのかも知れない。




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それを裏付けるように、道路脇には工事用の資材が置いてあった。




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そして、現道へと普通に合流。
反対側と同じく、簡易な車止めが設置されている。




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またまた現道を歩いて車へと戻っていく。




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途中にあった標識には、H26 の文字が。
やはり、この道路自体、かなり新しいようだ。




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頭上には、なにやら橋脚のような物が見えている。
後であそこも行ってみよう。




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現道の右手側にも旧道が見えている。




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道路上に砕石を置いているが、資材置き場として利用している感じに見えた。




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歩いていると、ちょっとした旧道が他にも残されていた。




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どうやら橋の付け替えをしたようだ。




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こうした線形改良を繰り返し、だんだんと快適な道路になっていくのだろう。




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車に乗り、先ほど見えていた橋脚を目指す。
それは真新しいこのトンネルの脇にあった。




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見上げるだけで分かる、この規模感。




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前出の地図にある、最後に残されたヘアピンカーブ全てを、この新しい橋で一気に越えてしまう計画のようだ。




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ショボイ説明で申し訳ないが、数年後には、この青いラインに線形が変わっているはずだ。




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橋脚が建てられているこの場所自体が、旧道上だ。
なので、ちょっとだけ見に行ってみる。




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日曜日で休工中なのか、辺りは静まりかえっている。




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と言うことで、一通り柳沢峠の旧道を見て回ったので、時間もまだあることだし、帰り道にも旧道に寄ってみよう。




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やってきたのは以前も来た、おいらん淵のあった旧道




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以前のレポート時より、かなり荒れている様子だ。




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ここに積まれている瓦礫は、外から運び込んだものでは無く、落下した物を寄せているのでは!?
だとすると、相当危険な場所の気もするけど、どうなんだろ。




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奥へと進んでいくと、おいらん淵に辿り着いた。




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前回レポートした通り、橋はすっかり姿を消している。




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でも、対岸の看板はそのまま残されているようだ。




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大勢の遊女を淵に突き落として殺したとされる、『本当の』おいらん淵は実はこの場所では無く、もう少し離れた場所になるのだが、何故か、東京都の史跡としてここがおいらん淵として登録されている。




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東京都の史跡看板は全て撤去されてしまったが、道路看板はたくさん残されていた。




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法面の崩落は見た目には進んでいないようにも見えるが、この先いつかはこの道も土砂に飲み込まれてしまうのかも知れない。




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かなり強固に作られている法面が、今でもしっかりと道を守っていた。




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今通った旧道も、今では短い1本のトンネルによって、一瞬で通り過ぎてしまう。




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そして、現道を帰っていくのだが・・・。




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実はこの場所自体も、近いうちに廃道化してしまう予定だ。




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と言うのも、この道の脇の山中に、現在トンネルを掘っているのだ。




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なので、今走っているこの道も近い将来走ることが出来なくなる。




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現在建設中のこのトンネルの開通と同時に、この道は地図から消されてしまう。




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と言うことで、前編後編に分けるつもりだったのだが、結局1本にまとめてしまった。




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ここまで読み進んだ人は、かなりのマニアだと思うが、道路って、ホント走るのも見るのも楽しい!!
って、思うよね(*´w`*)




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と言うことで、工事の進捗を見て、また様子を見に行ってみようと思います(='ω')ノ




[戦跡] 赤山地下壕の周辺探索に行ってきた ~後編  2019-03-13

この記事は、[戦跡] 赤山地下壕の周辺探索に行ってきた ~前編 からの続きです。


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降りしきる雨の中、車を 128高地の壕に向かい、移動させる。




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128高地の壕に向かう前に、付近にある、洲ノ埼海軍航空隊の射撃場跡地 を見ていくことに。




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ここには、機銃の調整のために的として使用されていた巨大な壕が、いくつも並んでいるのだ。





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現在は、壕の前方に木々が植林されており、全体を見渡すことは難しい。




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しかし、木々の隙間に、巨大な的が存在する様は、本当に圧巻だ。




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射撃場を後にし、今度は128高地の壕へと入っていく。
ここは、以前に何度も訪れて いるが、扁額が残されていたりと、見どころたくさんの壕だ。




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壕の天井に刻まれた、竜のレリーフ。
戦意高揚のために作られたという話もあるが、はっきりしたことは分かっていないようだ。




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まずは、西側のガレた坑道を進んでいく。
この付近は素掘りのままで、崩落も激しい。




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分岐する坑道は、比較的崩落も少ない模様。




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どんどんと奥へと進んでいく。




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龍のレリーフのあった、中央部分に比べると、この辺りはまるで洞窟陣地のようだ。




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壕床もだいぶぬかるんできた。




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更に奥へと進んでいくと・・・。




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山の斜面に向かって開口している壕口を発見。




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そして、分岐を奥へと進んでいくと・・・。




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他にも開口部を見つけることができた。




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ガレのある西側エリアは、構造は複雑ではないものの、いくつかの坑道が入り組んでいる。




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枝坑が伸びているので行ってみると・・・。




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ここにも抜け穴のような開口部が。




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そして、反対側の通路の奥には、掘削途中で放置されたままのセメント袋が、湿気により、完全に硬化していた。




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西側エリアを一通り回ったので、今度はメインの中央部分を見て回る事に。




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中央部分はコンクリートにより固められ、他とは違う造りとなっている。




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しかし、コンクリートの巻き立てがある空間から伸びている坑道は、素掘りのままだ。




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コンクリート巻きの地下壕も良いが、無数のつるはしの跡が残る坑道も、とっても良い雰囲気だ。




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付近には下層に伸びる坑道もあったのだが、完全に水没しており、内部の状態は分からなかった。




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きれいに巻きたてられた部屋に残されている、『作戦室』の扁額。
コンクリートを練り、立体的に壁面に直接作られている。
このようなものが残されていること自体、かなり珍しいと思う。




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そして、作戦室の隣の部屋には、『戦闘指揮所』の扁額が。
こちらも同様に、壁面に直接作られていた。




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そして、この壕には上層階もある。
階段は以前よりかなりガレた状態だが、通り抜けて上に上ることが可能だ。




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階段を埋め尽くすほどのがれきの上を登っていく。




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狭い隙間ずりずりと登っていくと、なんとか上層部に行くことが出来そうだ。




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上層部に登ると、右手はすぐに山肌に向かって開口していた。
左手には、坑道が伸びている。
高低差を埋めるための階段もある。
早速行ってみよう。




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階段をのぼり、振り返って撮影。
かなり荒い作りの階段だ。




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階段の先には数センチほどの水没区間が。
その先はすぐに外へと開口していた。




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上層部には他に抜けられる所は無いので、再びガレた階段を降り、下層階へ戻ることに。




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上から見ると、まるで縦坑のようだ。
とても階段が構築されているようには見えない。




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がれきの上をずるずる下っていくと、やがて、がれきの下から本来の階段が見えてきた。




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という事で、全ての坑道を回りきったので、そろそろ 128高地の壕を出ることに。




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時間的にはそろそろいっぱいいっぱいだったが、すぐ近くに東京湾要塞地帯標 があるので見に行くことに。
普通に道路を歩いていけば数分の距離なのだが、山頂付近に砲台跡が残っているという事で山を越えていくことに。




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山頂付近に登ると、砲台跡はしっかりと残っていたのだが、写真だとさっぱり分からなかった (^^;




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そのまま山を下り、東京湾要塞地帯標の所まで。
そして、すぐ近くにある壕口へと突入する。




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壕内は、かなりの崩落があるが、なかなかの広さがありそうだ。




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早速分岐発見!!
とりあえず、左手を先に見に行ってみよう。




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ガレた坑道をぐるっと回って、入口付近に戻ってきた。
途中、いくつかの枝坑はあったが、基本的には周回している作りの壕だ。




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分岐の右手はしばらく行って山の斜面に開口していたようだったが、現在は埋まってしまっているようだ。




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一通り壕内を回ったので、そろそろ壕を出ることに。
辺りは既に日没間近だ。




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ということで、雨の中、一日かけて立山周辺を回ってみたが、館山周辺にはこれ以外にもたくさんの壕があるので、時間を取ってまた訪問したいと思う。

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