Digital Artworks TeeART Blog.

デジタルから穴ログまで、日々の改造・探索を綴ります ((((っ´ω`)っ

[戦跡] 二宮町の戦争遺跡~地下壕探索-後編  2018-12-14

この記事は、二宮町の戦争遺跡~地下壕探索-前編 からの続きです。


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ゴルフ場脇の壕を後にし、今度は二宮高校裏手付近の山肌にある地下壕を探しに行く。




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平場の奥へ進んでいくと、すぐに壕口は見つかった。




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壕口付近は上方が大きく崩落しており、内部から見ると天井部分に大きな穴が開いている。




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早速奥へと進んでいく。
左手に早速分岐がある!




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と思ったら、小さな部屋だった。




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通路の中央には排水が掘られている。
当時は、蓋がされていたのだろう。




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中央の排水溝に注意しながら進んでいく。
排水溝には塩ビのパイプが通っている。
これは、もちろん戦後のものであろう。




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そのまま進んでいくと、十字路が。
前方は、掘りかけなのか、すぐに行き止まりとなっている。




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交差部分の床にも排水溝が。




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交差点の左手には、うねった坑道が続いている。
まずはこちらに行ってみよう。




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ゆっくりと左手にカーブしながら坑道は奥へと伸びている。




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そのまましばらく進んでいくと、やがて、閉塞となって終わっていた。
もう少し掘れば、山の斜面にぶつかりそうなのだが、掘りかけなのかな。
そういえば、壕口付近に掘りかけの銃眼があったが、もしかすると、その銃眼に接続するつもりだったのかもしれない。




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再び、交差点部分まで戻ってきた。
前方には開口部が見えている。
左手には分岐があるので覗いてみると・・・。




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坑道は盛大に水没している。
というか・・・。




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坑道自体に壁を作り、貯水槽として利用されていたようだ。
壁の上部には昭和53年8月の掘り込みがある。
先ほどの排水溝に這わされていた塩ビパイプの関連設備かも知れない。




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貯水槽の先はすぐに出口となっているようだが、水没が厳しいので貯水槽は越えずに、先ほど見えていた開口部へ向かう。




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下界に出て壕口部分を見てみると、山中の山肌に、きれいな壕口が築かれていた。




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そろそろ外も薄暗くなってきたので、足早に壕内へと戻る。




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進入した壕口に戻ってきた。
崩落が進めば、この壕口は埋まってしまいそうだ。




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日没まで、もう少し時間があるので、最後に二宮町せせらぎ公園の裏山へと向かう。




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住宅地を抜け、自然豊かな山中の道を頂上付近まで登っていく。




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そして、頂上付近より、目星をつけた個所で斜面を下っていく。




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20mほど下っただろうか。
斜面に壕口を発見!




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住宅地から近い割には訪問者はいないようで、内部にゴミは見られない。




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進んでいくと、坑道は右に折れた。




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そのまま奥へと進んでいく。
単純な『コ』の字構造となっているようだが、もう一つの壕口との高さを測り間違ったのか、強引につないでいる印象だ。




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もう一つの壕口から外に出てみる。
辺りはすでに薄暗くなってきた。




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ちなみに、もう一つの壕口には、なぜか、首のないお地蔵さんが鎮座していた。




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急な斜面を登り、今度はこの斜面の反対側に行ってみる。




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写真を撮っている場合じゃないほどの急斜面を下っていくと、壕口を発見。




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構造は、先ほどと同じく『コ』の字型に掘られた単独壕のようだ。




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進んでいくと、あっという間に反対側の壕口に。




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反対側の壕口から内部を見る。
高さ幅共に、2m程度だろうか。




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という事で、本日の探索はこれにて終了。
真っ暗な斜面を、草木につかまりながら、よじ登っていく。




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息を切らして、山頂まで登り切った。
冷えた冬の空気が気持ちいい。




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という事で、一日中、登ったり下ったりを繰り返した今回の探索だった。
今回は、以前の探索で回らなかった地下壕を中心に回ってみたが、これ以外にも未知の地下壕があるかもしれないので、引き続き情報を集めていきたい。

※ 内部図等の技術的情報に関しては、一緒に探索した 祐実総軍三等兵 さんのページが詳しいので、興味のある方は是非!

[戦跡] 二宮町の戦争遺跡~地下壕探索-前編  2018-12-12

神奈川県の二宮町に地下壕があるというので見に行ってみた。
ちょうど1年前にも二宮周辺を探索した が、まだまだいろいろあるみたいなのだ。


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ということで、日曜日の朝、川匂神社駐車場で待ち合わせ、早速探索開始。




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まずは、JR二宮駅前にある、吾妻山公園へと。
山頂付近まで登り、急な斜面をガサゴソと下って行く。




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下りながら周辺を調べていくと、やがて、掘り割りの先に大きな壕口が現れた。




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近づいてみると、コンクリートで巻かれた砲室のようだ。
入り口付近が少し水没していたが、はしごで橋が架けられており、内部へと入れそうだ。




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早速内部へと・・・。
砲室の奥には、まだ坑道が続いているようだ。




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ちょうどこの真上は公園の遊歩道なのだが、こんな場所にコンクリートで巻かれた立派な洞窟砲台が眠っているとは!!




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砲室の奥には素掘りの坑道が続いているようだ。




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奥へと進んでいく。




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途中、右手に伸びる短い坑道があったのだが・・・。




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基本的には、山の反対側に抜けているという構造だ。




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反対側の壕口から外へ出てみると、ごく小さい平場があるだけだ。




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こちらが山の反対側の壕口だ。




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公園の斜面を回り込むと、他にも壕があるというので、獣道を進んで行く。




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しかし、薮と地形に阻まれて、結局一度下の道路まで下りてしまった。
そこから再び山道をどんどん登っていく。
とても寒い日だったのだが、あっという間に汗が噴き出してくる。




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もの凄い薮を抜けて辺りを調べていると、あった、大きい壕口!!




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しかし、内部は盛大に水没。
本日は山歩きが多いのでウェーダーを持ってきていないので、残念ながら内部に入ることは出来ない。




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ここは残念だが、次回、ウェーダー持参で再訪することに。




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GPS情報を見ると公園の頂上付近まで近づいているようなので、このまま山を登り切ることに。




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程なく、公園の展望台が見えてきた。
再訪時は、ここから斜面を下って行けば、水没している壕へと比較的簡単にアクセス出来るかな。




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公園の展望台からは、海を見下ろすことが出来た。




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その後昼食を食べ、今度は 1キロ程北上した所にあるゴルフ場へとやってきた。
この付近にも壕があるらしい。




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しかし、周辺を探してもなかなか壕が見つからない。




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登ったり下ったり、谷戸をグルグル回りながら探すが、やはり見つからない。




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もしかして既に崩落して埋まってしまっているのか。




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確かに、なんとなく埋まっているような雰囲気の場所も・・・。




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30分くらい探しても見つからない。
地形図を何度も確認し、再度周辺を探してみる。




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すると、岩陰に壕口が!!
ほとんど埋まりかかっているが、これは地下壕に間違いないだろう。




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あまりに狭い入り口を掘り広げ、次々と内部へ入っていく。




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じゃ、早速自分も入ってみましょ。




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壕口は埋まりかけているためものすごく狭いのだが、内部は高さ 160~170cm程度の高さがある。
地層の模様が特徴的な坑道が奥へと続いている。




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壕口に振り返り。
だいぶ広がったので、しばらくは埋まってしまうこともないだろう。




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進んで行くと、右手に分岐があったので、とりあえず右に折れてみる。




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この分岐はカタカナの『コ』の時の形に進み、元の坑道へと接続されていた。
その接続部分には、鎹がひとつ落ちていた。




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元の坑道に戻ったので、右手を奥へと進んで行く。




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坑道の突き当たりは、大きな部屋になっているようだ。




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高さは2m程度か。
部屋に入ってみると、左手にちょっと上がった坑道が伸びている。




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しかし、どういう訳か土砂で埋められているようだ。




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近づいてみると、やはり、掘った後に埋められているようだ。
行政の埋め戻しなら、こんな場所を埋め戻さないだろうし、謎が残る。




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上部の隙間は 20cm程度なので、匍匐でも進むのは難しいが、なんとなくまだ先があるような気も・・・。
掘削時の砂で埋まっているようなので、スコップ持参で来れば、この先を調べることが出来るかも知れない。




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これ以上奥へは行けないので、そろそろ壕から出ることに。
奥の部屋から、入ってきた壕口方向へと進む。




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奥の構造は分からなかったが、もの凄く丁寧に掘ってある壕だった。




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肘を泥だらけにしながら匍匐前進にて壕から這い出す。




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時間は既に夕刻に近づいているが、これ以外にも壕があるというので、次の壕へと向かっていく。

二宮地下壕探索の後編 へと続きます。 ← 執筆中

※ 内部図等の技術的情報に関しては、一緒に探索した 祐実総軍三等兵 さんのページが詳しいので、興味のある方は是非!


吉見百穴周辺遺構を見に行ってみた  2018-11-13

埼玉県の吉見町にに、吉見百穴と言う遺跡がある。
その周囲には、旧陸軍が構築した地下壕が残されているというので、見に行ってみた。


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某日前夜、横浜市内でメンバーと集合。
早速現地へと向かう。
現場は観光地であるので、夜間のうちに下調べをしておこうという算段だ。




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現地に到着し、暗闇の中、調査を開始。
街道沿いに大きな壕口があるのを発見。




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内部は、激しく水没しているため本日の装備だと進むことができない。
ここは、次回にウェーダー等の装備をして再訪することに。




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周辺のお寺の裏や、廃ホテルの周囲の穴を調べた後、近くにある道の駅にて車中泊。
明日は朝から吉見百穴にある地下壕を見てみることに。




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朝一に吉見百穴へと移動。
夜中に地下壕に入らなかったのは、ここは一応有料の観光施設なので、無料で夜中に侵入するのはなんだか気が引けたからだ。




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受付で入場料を払う。
しかし、そこには地下軍需工場、点検調査中の張り紙が!!




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早速内部を確認してみる。
照明は灯っているが、点検調査中という事で、内部はがらんとしている。




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このエリアは、通常なら正規に入れる場所だが、見学者はもちろん、調査員もいないようだ。




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静かな壕内は、風が抜け、乾燥している。




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この地下壕は、戦時中に中島飛行機の疎開工場として作られたという。




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機械を運び込み、実際に稼働していたというが、公開されているのはごく一部のみだ。




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一通り公開部分を見て回ったので、今度は非公開部分を見に行ってみる。




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非公開エリアの壕口には、真新しい柵がしっかりと取り付けられている。
この柵は、以前には無かったものだ。
昨日夜に見た壕口にあったものと同じものなので、同時期に行政が事故防止のために設置したものだと思われる。




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簡単に入ることが出来なくなったので、ちょっとだけ内部の様子を・・・。




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公開部分と違って風が抜けないせいか、内部は非常に湿度が高いようだ。




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非公開部分の壕の天井部分には、地下工場稼働時にクレーンのレールをはめ込んであったと思われる掘り込みも残されている。




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整備されている訳でないので壕床には至る所に土砂が堆積しているが、通り抜けられない場所は見受けられない。




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ただ、場所によっては貯水に利用していたような個所もあり、足元もぐちゃぐちゃな場所も多かった。




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ちなみに、非公開部分の正面には4つの壕口があるが、ここだけが古い柵のままだ。




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その他の壕口も、全てがっちりと塞がれてしまっていた。




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吉見の地下工場を探索し、次に同じ吉見町にある、八丁湖公園へとやってきた。
この公園内にも横穴群の遺跡があるのだが、ここにも軍が掘った穴が残されているという。




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早速横穴群を見に行くが、草が生い茂り、斜面を確認するのは困難だ。
しかし、『この中に入ってはいけません』の看板が。
きっと、この奥だな。




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目印の看板の奥へ進むと、やっぱりあった地下壕の入り口。
横穴の遺跡を広げたのだろうか、四角い断面の奥は円形に掘り進められている。




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早速内部へと進んでいく。




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ガレの多い穴を進んでいくと、やがて前方に閉塞点が。
しかし、左手にはまだ坑道が続いている。




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左手に曲がると、そこには古びたベンチが置かれていた。
以前はここに入ってベンチで休憩できたのか!?
まさかね。笑




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ベンチを越え、更に奥へと進んでいく。
温度と湿度が急激に高くなる。
閉塞が近そうだ。




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奥は、右手に折れ、ちょっと下って閉塞していた。
掘りかけなのか崩落なのかはよくわからなかったが、土砂の堆積からは掘りかけの手前が崩落しているように見えた。




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穴から出て周囲を調べていると、もう一つ、先ほどと同様の看板が立っていた。
ここにもあるのね・・・。




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看板の奥にはやはり大きめの壕口が口を開けていた。
しかし入り口は崩落しており、とても狭い。




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なんとか体を滑り込ませて内部へと進入する。




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堆積した土砂の上を這いつくばるように進んでいく。




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しかしこちらの壕は単独壕のようで、20mほどで閉塞していた。




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吉見の廃ホテル脇にも巨大な地下壕があるのだが、昨夜に見た通り、ウェーダーが無いと探索できないほどの水没なので、今回はこれにて探索終了!
横浜への帰りがけに、飯能にあるコンクリート遺構を見て帰ることに。




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車を停め、山へと入っていく。
この奥に、コンクリート製の監的壕という遺構があるという。
監的壕とは、砲撃の着弾点や命中率を確認するための施設らしいが、こんな所にそんなものがあるとは知らなかった。




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荒れた湿地帯を緩やかに登っていく。




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更に足場が悪くなってきた。
こんなところに本当に遺構なんてあるのか!?




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足元をドロドロにして登ってきた。
すると突然目の前に・・・。




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コンクリートの遺構が!
これが、監的壕か!!




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削れてしまって見えにくいが、たしかに監的壕と扁額がかかっている。
その横には、昭和十六年十一月三日竣工の文字が。
真珠湾攻撃の1か月前の竣工だ。




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内部は単純な構造であるが、コンクリートの品質も良好だ。




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上部へ上がってみる。
山の斜面に突然掘り込みが作られている。
昼間なら良いが、夜間に知らずにここを歩いていたら、穴に気づかず落下してしまいそうだ。




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高さは2mちょいくらいだろうが、足場が滑るためちょっと怖い。




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ということで、一通り周囲を見て回ったので、そろそろ下山することに。




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横浜に戻り、本日の探索、無事に終了!
次回は、吉見の岩窟ホテル脇の水没地下壕へと潜ります!! ← 探索待ち


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