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[戦跡] 夏島戦跡遺構調査~その1-外部探索  2009-02-26

この記事は[戦跡] 夏島戦跡遺構調査~プロローグからの続きです。


横須賀市にある夏島には、数々の軍事遺構がある。
夏島貝塚のある小高い山には、明治時代に構築された砲台跡や、大戦時に構築された海軍の遺構が時が止まったかのように残されていた。


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夏島に到着し貝塚のある山の周りを自転車で回ってみたが、山の周りは高いフェンスに囲まれている。
近くの工場の守衛さんに聞いてみた。

「あの山の頂上に行く方法は無いんですか?」
「あー、あそこは入れないよ。登っても何にも無いよ」

入れないと言いながら、なんで何も無いって知ってんだよ、と思いながら、山の周りをさらに進む。
道沿いの所々に埋められた坑口が見えている。



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山の周囲は全てフェンスにて囲まれていた。
こんなに切り立った山の山頂まで登れるのかと一抹の不安を残しながらも、取り合えずフェンス内に潜入。




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山肌に沿って歩いていくと、実にたくさんの坑口がある。
ほとんどがコンクリートによって塞がれていたが、塞がれていないものを発見。
おそらく3層構造の1F部分だと思われる。




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覗き込んでみると中に格子状の柵があるものの十分に進入可能だ。
今回は外部調査であるため壕内には入らない予定であるが、好奇心に負けちょっとだけ進入。




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壕内には当時のものと思われるドラム缶が散乱していた。




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地下壕を出て山肌に沿って奥へと進んでいくと、階段を発見。
早速頂上に向かい階段を上っていく。

すると、中腹に巨大な坑口が開いており、すぐ横にコンクリート製の遺構があった。
場所的にはトイレの基礎部分と思えるが、どうなんだろう。




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遺構の横の坑口から中を覗き込む。
この坑口は2F部分入り口と思われる。
ちなみに2F部分の壕は、8本の坑道と5本の坑道が格子状に掘削されている。




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振り返ると坑口に眩い光が見えている。
かなり大きい坑口であったが、20m程進むと内部は真っ暗となる。




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壕内探索は次回のお楽しみであるので、壕を後にし、さらに山頂を目指していく。
途中、コンクリートで塞がれた坑口がたくさんあったが、この坑口は3F部分と思われる。




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頂上に辿り着くと平場があった。
平場にはコンクリートの基礎が残っていた。
大きさを見る限り、水場かトイレかと思われる。




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さらに平場の周辺を探索していると、海軍の測点柱を見つけた。
この場所が立ち入り禁止となっているおかげか、非常に良い状態が保たれている。
ちなみに、この測点柱は上半分が少し細くなっていた。
元々何かの標柱として使われていたものの表面を削り取り、海軍測点柱として再利用していると思われる。




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眼下には日産自動車の工場群が立ち並んでいた。
標高 50mかそこらの山ではあるが、こうしてみると随分と高く感じる。




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平場から頂上付近を進んでいくと、今度は海軍の航空隊監視鉄塔が現れた。
戦後六十余年も経っているが、それほどの痛みは無い。
当時の黒・黄ペイントがしっかりと残っていた。

最上部へと登りたかったのだが、単独で登って、落ちて気でも失ったらまずい。
一人じゃないときに登ることにしよう。




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更に奥へと進んでいくと、埋もれた遺構を発見。
明治時代に作られた弾薬庫だろうか。

かろうじて開いている隙間からカメラを突っ込んでフラッシュ撮影してみる。




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内部はレンガで巻かれ、非常にきれいな状態で保たれていた。
真ん中に落ちている墓石のようなものが非常に気になるが、何であろうか。
スコップ持参でちょっと掘れば進入出来そうなので、次回に調べよう。




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平場には他にも、何かの基礎のような遺構が残されていたが、建物の基礎ではなさそうだ。
大戦時の遺構かと思われるが、調べた限りでは、ここに建物が建っていたという記録は見つけられなかった。




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その先に、長方形の煙突のようなものが突き出ていた。
地下部分との通気口かと思うが、上部は塞がれているため詳細は分からない。




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上部にはボルトが突き出ていたので、当時はこの上に屋根のようなものを取り付けていたのかも知れない。




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先ほどの弾薬庫と同型と思われる遺構を発見。




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しかし、入り口部分はコンクリートにより閉塞していた。
これだけ厳重に塞いでいるという事は、この弾薬庫と地下壕が接続しているのかも知れない。




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平場に突き出ているたくさんのボルト。
ボルトの下にはコンクリートが打たれていた。
ここは、砲台が取り付けられていた砲座跡と思われる。

これと同じようなものが何箇所か存在していた。




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次に見つけた遺構には、思わず息を飲んだ。
西日に照らされたレンガと上部の緑の対比がとても美しい。
まるで現役の施設のようである。




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イギリス積みにより積み上げられた開口部付近のレンガには、当時の物と思われる碍子が残されていた。
こんな素晴らしい歴史的建造物が、管理されずに山頂に残っているのには正直驚きだが、しっかりと管理されて、柵でも作られてしまったら、それはそれで悲しい事だ。




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白く塗られた内部の壁面は、差し込む光に照らされて輝いていた。
奥行きは6mほどしか無いが、随分と広く感じる。




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振り返ると、シンメトリーとなった窓からの光が美しい。

しばらくぼうっとしていたら、遠くで野球をしている声が聞こえてきた。




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山を降り、次回の内部調査に備えて開口している坑口を確認していく。
開いているものと閉じているものの基準が良く分からないが、たくさんの開口部が見つかった。




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ちなみに大きい坑口になると、高さ6mほどのものも存在していた。
コンクリートにて閉塞されている中央部に四角く埋められている部分が見えるが、この部分だけで学校の昇降口くらいの広さがあった。




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この図を見ると、飛行機が格納できそうな坑道が掘削されているが、実際に大戦時には飛行機を格納していたそうである。




今回の調査では、山頂の平場を中心に回ってみたが、次回の夏島調査レポートでは、3層構造の地下壕の紹介予定である。


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[戦跡] 夏島戦跡遺構調査~プロローグ  2009-02-18

神奈川県横須賀市にある夏島。
かつては小高い山があるだけの島であったが、埋め立てにより島は広がり、大正末期にはついに本土と陸続きとなった。
明治時代より東京湾要塞としての重要拠点であったが、後に接収され海軍用地となり、終戦までは軍用地として一般人の立入が制限されていた……。



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そんないわく付きの島、夏島に標高50m程の小高い山がある。
手前に見えているのが史跡としても知られる夏島貝塚が発見された山である。
なんでも、日本最古(発見当時は世界最古)の貝塚だそうだ。
ちなみに奥に見えるのが先日探索した野島だ。




夏島__
上空から見ても、まあなんてことのない山である。
日産自動車のテストコースや工場群にかこまれてここだけ取り残されているかのように存在している。
史跡として指定されていなければ、山は切り崩され埋め立て用の土砂となっていただろう。

実際、もともとあった山のかなりの部分が戦前より埋め立て用の土砂として利用されており、現在はこの部分のみが残っている状態である。

しかし!!




夏島内部1F図

この山の内部には多層構造の地下壕が掘削されていたのだ!!

この図は地下壕の 1F部分の図と GoogleMapの航空写真を重ねてみたものであるが、かなりの規模の地下壕が存在しているのがお分かりだと思う。
1F部分だけでも地下壕の総延長は 2800m近くになる。

しかも頂上には弾薬庫等の建造物や海軍の石柱、偵察用の鉄塔がそのまま残っているという。

こ れ は も う 行 く し か な い !

しかし問題点もある。

この山は全域が立入禁止となっているらしい。
大規模な地下壕が存在するために、安全のため立入禁止にしているのかも知れない。
しかし、付近には同規模の地下壕が多数掘削されているがほとんどが立入禁止と明言されていない。
何か別の理由があるのかは分からないが、果たして無事に潜入可能なのか!?
まあ、机上でぐだぐだ言っていても仕方ないのでとにかく行ってみることにした。

そこにはかつて無いほどの興奮が待ち受けていた!!!!

つーか、すげーよ夏島!

てことで、今回は夏島探索のプロローグとして、夏島の上空写真の変遷をまとめてみた。




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1947年2月撮影。
終戦後間もない写真で、飛行場が写っている。
何機かの飛行機も写っているのが分かると思う(赤丸は拡大)。

夏島貝塚のある山は無残に削られ、木々も伐採されているように見える。




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1956年3月撮影。
飛行場であったところが畑となっている。
畑となっても滑走路の地形が浮き出ているのが面白い。
また、陸続きであった野島(左上)が切り離されている。
舟を通すために切り離したのかも知れない。
左下に写っているのは横須賀スタジアムか?




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1963年6月撮影。
野島との接点は完全に削り取られて完全に別の島となった。
また、畑に代わって大規模な工場群が立ち並んでいる。




19710507.png
1971年5月撮影。
写真右手に大規模な埋め立て工事の様子が写っている。
貝塚のある山もすっかり木々が生い茂っている。




20051102.png
2005年11月撮影。
埋め立て工事も終了し、何事もなかったかのように埋め立て地に工場群が立ち並んでいる。
完全な工業地帯の島と化した夏島に、ポツンと残る緑地。
貝塚共々、内部の地下壕も是非後世に残して頂けるようお願いしたい。




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おまけで、現在(2009年2月)の GoogleMap画像。
若干の建物の変化はあるが、2005年撮影の物とほとんど変わらない。

てことで、次回より潜入レポートです!

※航空写真の一部は国土交通省の国土変遷アーカイブより引用させて頂きました。
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[戦跡] 三戸南洞窟陣地  2009-02-12

三浦市は三戸海岸南端にある三戸南洞窟陣地に潜入してきた。
北側にある三戸北洞窟陣地に比べると規模は小さく構造も単純なのだが、ここはなかなか見所があった。



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見えてきた南端の岬。
この中に構築されているのが三戸南洞窟陣地である。
岬に向かって歩を進めると、公衆トイレの裏手あたりに銃眼を発見。
便宜的に銃眼Aとしておく。




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山肌を銃眼に向かって登っていくと、シンプルな意匠の銃眼が目の前に現れた。




銃眼A
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懐中電灯で中を照らしてみると奥に続く通路が見えている。
早速壕内へと進入していく。




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突き当たりを左へと折れるとかなりの長さの坑道が続いていた。
洞床に這っている白いラインはリボンテープで、おそらく過去にこの壕内を探索した方が、迷わないようにと入り口からテープを曳いていったのだろう。
壕内のあちこちでこの白いテープを見ることが出来た。
ちなみにこの通路の先は二手に分かれており、どちらも山中に開口している抜け穴へと続いていた。

入り口付近に戻り、今度は右側の壕内を探索していく。
すると先ほど進入した銃眼の先に、もうひとつの銃眼を発見。
これが銃眼Bである。




銃眼B内部
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この銃眼の内部には、当時機関銃を設置していたと思われる台座がそのまま残されていた。




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銃眼の脇に、もう一つ小さな穴が開けられていた。
もしかすると、狙撃手に指示を出すために外を監視するための穴だったのかも知れないが、あくまで推測である。




銃眼B外観
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この銃眼を外側から見てみると、意匠されたコンクリートがはめ込まれている。
ただ、左手の小さな穴が監視用であるならば、コンクリートの厚みを考えると何かしらの装置を設置しないと、広範囲の監視は出来なそうだ。
やはり別の目的があるのかも知れない。
詳しい方がおられたら、是非真意を知りたいところである。




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また、この壕の内部には梯子状に掘削された通路があり、方角を意識していないと単純な構造の割りにすぐに迷いそうになってしまう。
懐中電灯に照らされている部分しか視界が無く、壕内の景色も似ている為、リボンテープでマーキングしていくか、壕内通路図を参照しながら探索しないと危険かも知れない。




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梯子状の部分に進入すると一定間隔で分岐が現れ、まるで迷路のようである。




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しかも帰り道に銃眼Aに向かう通路で、壕内地図を見ているのにもかかわらず迷いそうになった。
銃眼Aに向かっているつもりが、2回も違う抜け穴に出てしまったのだ。




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ちなみにこの写真、左側に写っているのが銃眼Bである。
その右手にもうひとつ掘削途中の銃眼が存在していた。




掘削途中の銃眼C
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掘削途中で終戦となり、そのままにされているのだろうか。




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壕内の通路は銃眼Cに向かって奥へ伸びていたので、完成していれば銃眼として機能していたのだろう。




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陽が傾き始めた洞窟陣地を背に海岸を歩いていると、大量の昆布が風に揺れていた。

再訪してきました!
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まとめ