Digital Artworks TeeART Blog.

デジタルから穴ログまで、日々の改造・探索を綴ります ((((っ´ω`)っ

[戦跡] 野島地下壕 C壕探索  2011-12-20

野島地下壕 A壕野島地下壕 B壕に続き、今度はC壕へとやってきた。


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壕口ではyakumo氏が入壕の準備をしている。




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早速壕口から内部へと進入したのだが、入ってすぐに盛大に水没していた。




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水深はひざくらい。
長靴装備のyakumo氏はこれ以上進む事が出来ない。
申し訳無いが、単独で奥を見に行く事にする。




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本坑の脇にはいくつもの部屋が掘削されている。
しかも、めちゃめちゃ丁寧に掘られている。




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壕口が塞がれているので、行き場を失った水が大量にたまっている。
ジャブジャブと音を立てながら、奥へと進んでいく。




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澄んだ水は、歩く事によってたちまち濁った水へと変化する。
多人数で探索の際は、注意しないと水中の瓦礫に足を取られそうだ。




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奥へ進んでいくとだんだんと水は引いた。




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入壕した壕口と反対側の山の斜面付近まで来たようだ。
しかし、いくつもある壕口はしっかりと塞がれている。
おそらく野島の野球場の裏手辺りだと思われるが、こんなに大きな壕口あったっけか!?




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ちなみに、野島に掘られている壕の中で、この壕が一番延長が長い。
壕内図と地形図から概算すると、総延長は 1200m程度では無いかと思う。




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北側の壕口付近を探索していると、120cm程度高く掘られている箇所を見つけた。




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よくみると、階段が掘られている。
まあ、階段というにはあまりに急だし、足場も悪いのだが、登る事は出来そうだ。
さっそく上がってみると・・・。




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上がったところは部屋状に掘削されており、更にそこから狭い坑道が伸びている。
埋められているが、どうやらここにも壕口があったようだ。




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埋められた壕口のすぐ横には、棲息部が設けられていた。
開口していた時期の物だろうか。ゴミが残っている。




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再び階段の所まで戻ってきた。
上部から見る階段は、さらに急で狭い。
足場は写真で見る以上に湿っており、つるつると滑るため、手をつかずに下りる事は困難だった。




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再び壕内をうろうろする。




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ひときわ広く掘削されている。
内径の異なる奥の坑道は、塞がれているわけでは無く、こういう形の掘削だった。

位置的には、この向こう側に、B壕、その向こうに A壕があるのだが、それぞれの壕に接合部は無い。




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奥部でも場所によっては水が溜まっている。




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先ほどの内径の異なる掘削部分。

こういう掘削は個人的には大好きだ。
単純な坑道に比べ、明らかに人為的なものを感じるからだ。




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ん?なにかころがってるぞ。




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近づくと防火用水を入れるコンクリートが転がっていた。
昔の写真なんかを見ると、昭和前期は街中にもこのような物がたくさんあったようだが、いつの時代の物だろうか。




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このあたりの壕床は荒れていたが、崩落による物ではなさそうだ。
向こうにはなんか溝が見える。




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ど真ん中に溝が。
なんだこれ。
明らかに排水溝とは違う。




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野島 C壕は、山を貫く巨大掩体壕と平行な本坑が 4本掘られており、それぞれの 4本の坑道を、いくつもの横坑でつないだ作りとなっていた。
この壕もとても丁寧な構築で、排水もよく考えられているようだ。
残念ながら壕口が塞がれる事によって、正常な排水はされていないが、壕口付近のみに水没区間が集中しているということは、壕口が開けば一気に水没区間は無くなりそうだ。




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機械の台座のようなものが残されていた。




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中央に掘削された凹みの両脇に、等間隔に穴が開いている。
この壕って、実際に稼働していたのか!?




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この壕の奥部には、このように興味深い構築がたくさん見受けられたのだが、壕口に待たせている yakumo
氏らをこれ以上待たせるわけにはいかない。




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太陽の向きのせいか、入壕した壕口の隙間からは盛大な光が差し込んでいる。
一人がやっと通り抜けられる隙間の割りには、明るすぎるような・・・。

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今回、野島の地下壕を3つ回ったが、想像していたよりも遥かに広大な空間が野島には残されていた。
野島の山の斜面には、いくつかの壕口のような物が見られるし、もしかしたら今回入った壕の他にも、壕があるのかも知れない。
隣の夏島や貝山でも、上層部に壕が掘られている事から、ここ野島でも同様のものがある可能性は十分にある。
今後も、野島・夏島・貝山とも、調査を続けて行きたい。

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[戦跡] 野島地下壕 B壕探索  2011-12-18

前回の野島 A壕に続いて、次に B壕へと進入する。


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進入した壕口から10m程度水没しているが、水深は 10cm程度。




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その先は、水は引いたものの足場は悪くぐちゃぐちゃ状態だ。




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本坑から枝坑がいくつも伸びているが、大きな壕口は全て塞がれている。
今回は外側の調査は行っていないが、yakumo氏によると、外側には塞いだ跡も見受けられないとの事。
法面を固めているわけでは無いのにどういうことなんだろう!?




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高さは 3m程度はありそうだ。
倉庫として使用するつもりだったのか?




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しかし公園だけあって、しっかりと塞いである。
懐中電灯を消しても、全く光は見えない。




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場所によっては排水溝が構築されている。




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この壕は単純な構造のため、あっという間に全部回れてしまった。




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ぐちゃぐちゃびちゃびちゃしながら壕口へと戻る。




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斜め匍匐にて脱出!!




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いよいよ一番大きな C壕へと向かう。
休日のため、遊歩道には人通りが多い。
背丈以上もある柵を何度も超えるのはリスクが高いので、薮漕ぎして進む事にした。
しかし、とにかく足も体もツタによって行く手を阻まれる。




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ツタに絡まりながら、たった 30m程度の薮を 10分以上もかかって壕口に向かう。
公園でナイフ持ってたら捕まりそうだけど、ナイフ持参すればツタを切ってもう少し早く進めるかな。

次回、いよいよ C壕へ!!
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[戦跡] 野島地下壕 A壕探索  2011-12-13

以前からリサーチを続けていた横浜市にある野島。
近年、市によって掩体壕についての説明板が取り付けられたが、特になにかが整備されるわけでも無く放置状態が続いている。


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横須賀海軍航空隊により終戦間際の年に掘削されたこの壕は、航空機を空襲から守るために作られたという。
掩体壕はジョギングや散歩コースとなっている野島公園内に大きな壕口を開けている。




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市が設置した説明板には当時の写真も提示されている。




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山の反対側に回り込むと、こちらにも大きな開口部がある。
どうして壕口の形を変えているのかは分からないが、当時は貫通していたようだ。




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掘削時の写真を見ると、手前にはトロッコの線路が敷設されているのが見える。




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内部は中央の一部を除きコンクリートが巻かれているのだが、なぜ中心部が狭くなっているのかは不明である。




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内部は比較的きれいな状態であるが、横坑などは土砂により確認できない。




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また、奥に進むと土砂が積まれており反対側に抜ける事は出来ないようだ。




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ということで、野島はこの巨大掩体壕が有名なのだが、海軍航空隊の記録を見ると、この掩体壕以外にも壕が掘られていた事が分かっている。
駐車場横にも塞がれた壕口がいくつも存在するのだが、整備された公園という事もあって、どの壕口もしっかりと塞がれている。

ところが、横浜・横須賀周辺で調査を進めているyakumo氏より、ついに侵入口を発見という一報が入ったのだ!!




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週末を待ち、早速三重県から横浜へと車を走らせる。




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調査当日。
駐車場脇にはあいかわらず塞がれた壕口があった。
以前カメラで隙間からのぞき込んだときに坑道が続いているのは確認していたのだが、ついにこの壁の向こう側に
行ける!!

ちなみに、野島には掩体壕の他に 3つの壕が存在している。
それぞれの壕は接合していないため、便宜上、海側より 野島A壕、野島B壕、野島C壕と呼ぶ事にする。

まずは、海側にある A壕から進入だ。




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早速、進入可能な壕口に向かって進んで行く。




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柵をごにょごにょし、薮をがさごそすると、やがて壕口が見えてきた。




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匍匐で進入するために、シートを敷く。
それでも、隙間が狭いため、すぐに背中は泥だらけだ(´・ω・`)




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ということで、みんなしてモグラのように穴の中へ。
この壕口は当初は隙間無く塞がれていたのだが、経年により土が沈み込み、上部に隙間が開いてしまったようだ。




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壕内に入ると予想以上に広い。
壕床にはトロッコの枕木の跡がはっきりと残っている。




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一部の坑道は水没していた。




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ただ、水深はくるぶし程度なので長靴だけで余裕だ。




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なんだかやけに広く掘ってある。




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構造は基本的には碁盤の目状なのだが、接合部が微妙にずれていたりと、変化に富んでいる。




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写真だと分かりにくいが、故意に段差をつけてある箇所があった。




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法面に多数存在している壕口はしっかりと塞がれているので、壕内は完全な闇だ。




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当時の物であろうか。
ガラス製の注射器が落ちていた。




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塞がれた壕口付近は土かぶりが少ないせいか、草木の根が垂れ下がっている。




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遊歩道に面している壕口は、石を積み上げ、外側からコンクリートで固めて塞いでいる。




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ん!?
この形!!




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まぎれもなくここだ!




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外を覗くと、駐車場が見えた。




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ふり返ったこの景色は、かつて壕内をのぞき込んだ時のものだ。
まあ、その時はここまではっきりとは見えなかったけど。




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初めて野島を調査してから足かけ3年。
やっと入れた・・・。
なんだか感慨深いものがあるな。。




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その後も壕内をみんなしてうろうろする。
今日は一人で潜ってないので、他のメンバーの明かりで壕内が明るい。




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地下壕に興味無い人は、遊歩道の下にこんな空間が残されているとは思わないだろうな。




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それにしても壕内はきれいだ。
不埒な侵入者がいないせいかゴミも無く、落書きも全く見つけられなかった。
しかも、この付近は壕床の状態も良く、このまま眠らせておくのはもったいない。




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場所によっては水没箇所もあるが、どれも浅い物だった。




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遺産として市で公開すればいいのにと思ったが、壕内に手を入れられてしまうのならこのままでいいとも思う。




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遺物はほとんど遺されてはいなかったが、碍子や薬瓶のような物がいくつか発見された。




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壕床に微妙な段差がある。




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この部分も、一段高くなっている。
機械の設置を予定していたのだろうか。




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かなり汚れるために、進入には覚悟が必要であるが、そんなことが気にならないくらいに素晴らしい地下壕だった。




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この後、野島B壕野島C壕へと続きます。

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まとめ