Digital Artworks TeeART Blog.

デジタルから穴ログまで、日々の改造・探索を綴ります ((((っ´ω`)っ

[戦跡] 剣崎砲台 / 大浦探照灯格納庫  2011-06-21

三浦半島南端に位置する剣崎に、太平洋戦争末期まで東京湾を護っていた剣崎砲台跡がある。
ここは 1年以上前に訪れたのだが、探索と言うほどのインパクトは無く、記事的にはボツとなっていたのだが、せっかくなので記事にすることにした。


091101_104759.jpg
砲台までの道のりは非常に狭いため車で行くことは困難なので、車を駐めて農道を上がって行く。
と言っても、軽自動車であれば難なく入っていくことは可能だろう。




091101_105003.jpg
途中、貯水槽のようなコンクリートの遺構があった。
粗雑な作りからして当時の物なのであろう。




091101_105613.jpg
山あいの道のりをどんどんと登っていくと、壕口のような物を発見した。
早速登っていって見ると・・・。




091101_105645.jpg
貯蔵庫のような小さな堀り込みだけだった。




091101_111103.jpg
気を取り直して更に登っていくと、遠くに探照灯格納庫が見えてきた。
これは大浦探照灯格納庫と言うもので、陸軍が構築したらしいが、はっきりとした史料を見つけることが出来なかった。




091101_111246.jpg
近づいてみると、小山にコンクリートの格納庫がはめ込まれているように見える。
ここまで肉厚にする必要があるのかは疑問だが、コンクリートで構築した後、盛り土によりカモフラージュしていたのだろうか。




091101_111301.jpg
人や車と対比させてみると大きさが分かると思う。




091101_112913.jpg
大浦探照灯格納庫から少し行ったところに、剣崎砲台跡があった。
畑に囲まれ、土砂に埋もれてしまっているが、砲台掩蔽部への侵入口らしき物が遺されている。




091101_112938.jpg
畑の中に遺されている砲台の台座跡と、通気口らしき遺構。




091101_112949.jpg
通気口を避けるように大根が植えられていた。




091101_113058.jpg
写真では大きさが分かりにくいが、近くに行くとかなりの大きさだと言うことが分かる。
通気口にしては大きすぎるような気もするが、内側のコンクリートを見ると、何かがはめ込まれていたような凹みが見て取れる。
おそらく屋根のような物を取り付けていたのではないか。




091101_113128.jpg
掩蔽部入り口は、土砂でほとんど埋まっていた。
隙間からカメラを突っ込んで撮影してみたが・・・。




091101_113203.jpg
奥行き自体ほとんど無く、内部の様子は分からなかった。
もしかすると、内部は階段のように下っているのかも知れない。




091101_113404.jpg
ここに砲台があったとは思えぬほどの、のどかな光景が広がっている。




091101_113737.jpg
ふもとから砲台まで続いている軍道。
現在は簡易舗装が施されていた。




091101_114016.jpg
こちらの砲台跡は農道により一部が覆われていた。




091101_114132.jpg
そのすぐ脇にある通気口。
コンクリートの側面が抉り取られていた。




091101_114141.jpg
中をのぞき込んでみたが、埋もれてしまっていた。
結局、剣崎砲台跡の掩蔽部を確認することは出来なかった。




091101_114446.jpg
車両の通行の妨げにならぬよう、側面を抉ったのであろう。

この遺構は畑の中にあるため、非常に安全に見学をすることが出来る。
ハイキングがてらに見に行くのも良いかも知れない。

でもやっぱり、崩れかけを潜っていくみたいな、ちょっと危険な探索が好きだな。


関連記事

コメント

和歌山・三重県の探索、ついに始めたようすね。やっぱ神奈川県では感じられないものあるんですか?
それと、地下壕の資料…?
http://www.mlit.go.jp/crd/city/sigaiti/tobou/chikago.htm

失礼しました

剣崎って三浦でしたか…自分は三重の方にあるのだと…大変失礼しました。

この記事は三浦ですが、現在鈴鹿地区の探索を進めています。
鈴鹿海軍工廠の遺構がいろいろと残っているので、徐々に公開していきます。
また、伊勢志摩方面には多数の壕が残っているようなので、そちら方面も探索していきたいと思っています。

  • 2011/06/25(土) 13:06:54 |
  • URL |
  • tonotama #GHYvW2h6
  • [ 編集 ]

どうも

自分はこういう戦争遺跡大好きです。今では全く存在理由がない遺構が、実は当時の日本の重要な国防施設だった!て良いじゃないですか。

  • 2011/06/25(土) 18:51:04 |
  • URL |
  • みょん #-
  • [ 編集 ]

ついに発見!

yakumoさん和田山地下壕の壕口二つ見つけました。ある事情でおくまでいけませんでした。行くなら早めに、日曜日か、夕方五時半過ぎに行ったほうがいいですよ。工事現場の中にあるんで。        
           位置
           ↓
http://maps.google.co.jp/?ll=35.321853,139.627465&spn=0.000945,0.001682&t=h&z=19&brcurrent=3,0x601841417f4b10cf:0x33549db08ddc542e,1
今は、はげ山となっているので、行ったら分かります。

ご苦労様です

今回の地図にはポインターが付いてない様ですが、位置からすると、ゆき美容室の辺りのコンクリートブロックに囲まれた壕ですか?
この壕は通路と部屋があり、部屋の中はプール状に掘り込んだ水の溜まった物があるところですね?
法福寺の地図上右側にある、山口工務店そばの落石ネットのある斜面に4つの壕口3つの部屋がある小壕もありますよ、脇の稲荷側からネットの裏に入れますが、あまり綺麗な状態ではありません。
他にも2,3開口部を知ってますが、個人邸裏などで、未調査です。

  • 2011/06/25(土) 23:48:51 |
  • URL |
  • yakumo #-
  • [ 編集 ]

おそらく探照灯格納庫があれだけのつくりなのは推測ですが
探照灯は敵の目標になる確率がかなり高いためにああいった
作りにしてるのではないかと思います。
コンクリートで作った後に盛り土ではなくおそらく当時は一帯が
山であり山肌をくり抜いて作ったものが戦後の開発によりコンクリで築造した部分だけが残ったとかそういう感じではないでしょうか?場所的には帝都の防空の要の位置になると思うので
当初は単純に砲台として築造された物がのちに防空砲台と
して再整備されたとかそういう物ではないかと思います

  • 2011/07/08(金) 00:39:34 |
  • URL |
  • 岸本 #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://teeart.blog107.fc2.com/tb.php/125-4f2ea90a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

まとめ