以前訪れている場所ばかりだが、yakumo氏を誘い、あけさん、よもぎさんと共に潜って来た。

まずは 三戸南洞窟陣地 にやってきた。
ここはアクセスも簡単だし、進入も容易なのだ。

砂浜から山の斜面に分け入り、登っていく。

すると、海上に向けた銃眼が。
そこから内部へと入り込む。

内部は単純な構造だが、分岐もあり十分に楽しめる。

20分ほど内部を探索した後、今度は三戸海岸北端の 三戸北洞窟陣地 へやってきた。

ここは、いきなり階段があって、テンションが上がる。

内部は、高低差があり、より、ダンジョン感も楽しめる。

外部への接続部もいくつかあり、コンクリートの構造物や、銃眼も残されている。

ただ、いたる所から水が浸みだしているので、水没対策が必要だ。

入り組んだ坑道をあちこち見て回る。

30分程度ですべての坑道を回りきったので、次へ向かう事に。

つるつると滑る階段を慎重に降り、壕を後にした。

次は、この壕の少し奥にある、黒崎の砲台跡へと向かう。
藪に阻まれながら、奥へと進んで行く。

藪を抜け、砲室部分より内部へと進入する。
ここはとても広く丁寧に掘削されている。
いくつかの部屋も作られている。

入って左手の部屋の上部にはこちらを狙う銃眼が。
銃眼部分へは裏から回り込めるようになっていた。

銃眼部へ進む通路の脇の坑道は、抜け穴になっているようだ。

別の砲室へ向かう坑道内部は、コンクリートで固められ、とても丁寧に作られている。

脇には弾薬庫だろうか、部屋も設けられている。

砲室は、戦後 70年以上を経ても、非常にきれいな状態を保っていた。

藪をかき分けないとここへ来られないので、落書きもほとんどない。

これだけ巨大な砲室だが、藪により外部からはほとんど分らない状態だ。

一通り見て回ったので、進入してきた砲室へと戻っていく。

ここはこの付近の戦跡の中でも規模が大きく楽しめる場所だと思う。

足元は荒れているが、コンクリート自体はきれいなもんだ。

再び藪を抜け、次の場所へと向かう事に。

もう一つある黒崎の砲台へ。
斜面をよじ登り、壕口へと向かう。
こちらは、先ほどの砲台と並んでいるのだが、内部ではつながっていないのだ。

以前、この洞窟砲台は改築され別荘として使用されていた。
その時の名残だろうか。
壕口はコンクリートブロックにて整備されている。

壕床も、コンクリートにて固められている。

内部の作りは、先ほどの黒崎第一砲台と良く似ている。
まあ、当然と言えば当然だが・・・(^^;

以前訪れたときは砲室内部に建てられていた別荘も、無残に朽ち果ててしまっていた。

朝から三戸海岸周辺の遺構を見て回ったが、今度は城ヶ島へと向かう事にした。
斜面を下り、車へと戻っていく。

城ヶ島へと到着し、早速 城ヶ島砲台の掩蔽部 へと向かう。
頂上の駐車場の下に遺構が眠っているのだ。

斜面をちょっと降りると、迷彩柄の入口が。

内部は漆喰が塗りこまれ、非常に良い状態だ。

砲弾を地上へと運ぶ、エレバーターの遺構も残っていた。

ここには何度も来ているが、水没も無く居心地がよい。

ちなみにすぐ横にもここと同様の作りの地下掩蔽部が構築されているが、そちらは現在入れなくなっているようだ。

きれいに残されている弾薬庫。
ここも、漆喰で塗りこまれた壁が、当時のまま残されている。

内部を堪能し、今度はこの掩蔽部の更に下に位置する洞窟陣地を見に行くことに。

急な崖を下りるのは無理そうだったので、一旦駐車場まで登り、別ルートから下ることにした。

洞窟陣地の壕口は側道に面しているが、こちらも木々に秘匿されて目立たない。

内部は擦れ違いも困難なほどのくねくねしたした坑道が続いている。

短銃な構造の壕なので、あっという間に探索終了。

ここら辺で本日の探索は終了とする予定だったが、まだ少し時間がありそうなので、このまま車で横須賀の貝山地区へと移動する事に。
後編 へと続きます。
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