静岡県の富士川沿いにかつてあった飛行場の燃料壕を見に行ってみた。

現在、道の駅富士川があるこの一帯が、陸軍の飛行場の跡地だ。
現在の地図を見ると、この部分の区画が周囲と異なり整然としているのが分かる。

燃料壕は、富士川沿いの小高い丘の内部に掘られているという。
空母欲奈氏 の案内の元、藪の中をガサゴソしていると・・・。

壕の入り口を発見。

内部をのぞき込んでみると、話に聞いていた通り、盛大に水没している。
ここから見る限り、横方向には 3本の坑道が走っているようだ。

ウェーダーに履き替えて、水没している壕内へと進んでいく。
深さは膝下くらいだ。

1本目の坑道を左手に曲がってみる。
おー、けっこう規模がありそうだ( *´艸`)

そのままどんどんと奥へ進むが、相変わらずの水没だ。

掘削の際のゆがみなのだろうか。
若干うねりながら、坑道は掘り進められている。

一番北側のドン突きまで行き、今度は違う坑道へと移動し、更に進んでいく。

100m × 20m 程度の範囲に、坑道が伸びているようだ。
燃料の貯蔵壕という事だが、かなりの広さだ。

今のところ、交差部の土砂だまり以外のほとんどの個所が水没している。

壕床がコンクリートで固められているようで、この付近は歩いても水の濁りが少ない。

構造は、完全な碁盤の目状ではなく、このように接合部がずれている個所もいくつか見受けられた。

祐実総軍三等兵氏 が、歩測により壕内図の作図を進めている。

それほど複雑な構造ではないだが、微妙に曲がりがあるため、なんだか不思議な感じの地下壕だ。

坑道自体はしっかりときれいに掘られていたのだが・・・。

隣の坑道と小さな穴で接続されている個所があった。

穴の向こう側から見てみると、こんな感じだ。
間違って開けてしまったのか、この後、接続させようとしていたのかは不明だが、こういう構造はなんだかワクワクしてしまう。

一番奥側の坑道を進んでいくと、一部、崩落により土砂が堆積していた。

その土砂を乗り越えて先へと進んでいくと・・・。

なんと、壕床のコンクリートや、端に作られた排水溝がしっかりと残されていた。

しばらく乾いた壕内を進んでいくが・・・。

この部分以外は、ほとんどが盛大に水没している状態であった。

でも、最大深度で膝上くらいだから、ウェーダーあれば余裕かな。

一通り壕内を回ったので、そろそろ外へ出ることに。

ちなみに、外と接続されている壕口は、これ以外にも数か所あった。

しかし、川沿いの、なんの変哲もない丘の内部に、このような燃料貯蔵壕が残されているのを、地元民は知っているのだろうか。

ということで、一通りの探索を終え、帰りは箱根越えからの海沿い R134経由にてあッという今に帰宅しました(^^)/
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