その周辺には数々の遺構があるのだが、今回、新たな地下壕が発見されたとの情報を得て、早速潜りに行ってみた。

浦賀にある海軍機雷学校跡地付近で yakumo氏と待ち合わせ、早速潜る準備をする。
今日は雨模様で湿度が高く、蒸し暑い。

山肌にある埋もれかけた穴から地下壕内部へと体を滑らせる。

壕口付近は大量の土砂や廃棄物に埋もれていたが、すぐに立って歩ける状態になった。

yakumo氏は以前に内部を回っているが、自分はここに潜るのは初めてだ。
氏の案内の下、まずは右手へと進んで行くことに。

旧軍が掘った地下壕は、基本的に碁盤の目になっているものが多いのだが、ここはどういう訳か、変な分岐が多い。
まるで、半田地下壕の残柱式の掘削のようだ。

壕口はほとんど埋まっているが、山肌に沿って進んでいるため、所々、光が差し込んでいる。

また、壕口に近いため、昭和中期のゴミが散乱している。
ビンの殺虫剤は、六浦の地下壕でも見かけたが、ラベルまできれいに残っているのは貴重かも。

場所によっては、きれいに掘削されているようだ。
左手にはいくつもの分岐があるのだが、まずは外周に沿って回っていく。

地盤が悪いためか、ガレが増えてきた。
支保工だろうか。
杭が残されている。

ガレの向こうに何かが見えてきた。

そこにあったのは、コンクリートで構築された水槽だった。
水脈に作られているのだろうか。
今でも水を湛えている。
yakumo氏より、話は聞いていたのだが、実際に見ると、なかなかすごい。

その先の部屋には日本軍の防毒面の残骸がたくさん転がっていた。

防毒面の目の部分のガラスが並んで落ちていた。

防毒面の吸収缶もたくさん落ちている。
周囲に木片もたくさんあるので、防毒面を入れていた棚でもあったのかもしれない。

壕内は、分岐が多く、既に自分の位置は良く分からなくなっている。

まあ、ベテランのyakumo氏も一緒だし、出られなくなることは無いだろうから、気にせず奥へと進んで行く。

こんな所に、また、殺虫剤の瓶が落ちている。
今度は、フマキラーだ。

本当に地盤が悪いのだろう。
所々天井が落盤し、壕床にガレ山を作っている。

ガレ山の横に、また水槽が。

今度の水槽は水が枯れている。

そして、壕床にはたくさんの木片が。
木造の建物をはめこんでいたのかも知れない。

どんどん奥へ進んで行くと、崩落具合が酷くなってきた。
なかなか危険な雰囲気だ。

見た目、崩落でもう先には行けなそうに見えても、ガレ山に登ってみると、まだ先があったりする。

荒れた壕内を進んで行くと・・・。

坑道を塞いでいるような、コンクリートの壁が出現。
なんだこれは!?
隙間なく埋められているので、奥がどうなっているのかは分からないが、これは気になる。
結局、今回はこの裏側がどうなっているのかは分からなかったので、次回探索の際はもっと詳細に調べてみたい。

付近には、また水槽が出現。
いったい、この壕にはいくつの水槽があるんだろう。

そして今度は、高くまで石積みされている坑道を発見!
どうやら坑道を塞いでいるわけでは無く、この向こう側の大崩落を押さえているような感じだった。

ガレを乗り越えながら進んで行くと・・・。

右手に大きく開口した壕口が。
この壕口の向こう側は国の施設なので、向こうから入ることは難しいと思われる。
せっかくなので、ちょっと見に行ってみよう。

官舎だろうか。
正面に建物が建っているのが見える。
これ以上進むと外から発見されてしまいそうなので、ほどほどにして壕内に戻ることに・・・。

壕内は相変わらず崩落が激しい。
足場の悪いところを上り下りしているので、体力を消耗する。

壁に物置のような掘り込みが。
地下壕では比較的見かける構造だが、あまりきれいには掘られていない。

崩落は酷いものの、定期的に現れる水槽。
横浜の日吉にある地下壕でも、水を確保する工夫が見られたが、この地下壕は水が豊富だ。

そろそろ、もう奥へ行くのは無理そうだ・・・。

と見せかけて、ガレを登っていくと、まだ奥へと進めてしまう。

あれ!?
yakumo氏、どこ行った!?
「おーい、待ってくれー」

あ、いたいた。
しかし、もう、ここがどこなのか、さっぱり分からん (^^;

がれきの上を乗り越えて、必死になって進んで行くと・・・。

やっと、普通に歩ける坑道に出てきた。
壁にスプレーで何か書かれている。
調査が入っているようにも見えないし、戦後の落書きなのかな。

壁面にまた掘り込みが。
規模も大きい壕だが、いろいろな遺構が残っている。

最奥部付近の坑道を進んで行くと・・・。

人為的に塞がれているような石積みが。

顔を突っ込んでみる。
奥があるような、無いような。

奥のほうまで石が詰め込まれているが、坑道自体は掘られているようだ。
気になるが、これ以上は分からないので、先に進む。

もう、水槽が出てきても、また出たか!くらいに驚きが薄くなってきた・・・。
水槽ごとに、左官屋さんが作ったみたいなものや、型枠にコンクリートを流したものなど、ある程度のバリエーションはあるのだが、とにかくこの地下壕にはたくさんの水槽がある。

坑道の中央にあるのは、排水溝だろうか。
大きな岩は天井が落ちたのだろうか。

碁盤の目という訳ではないが、比較的真っ直ぐな坑道が続く。

相変わらず、定期的に出てくる水槽。

しかも、この水槽の水はとても透き通っている。

既に1時間半以上潜っているが、まだ、半分も回っていないのではないか。
まだまだ行っていない坑道だらけだ。

このエリアの水槽の水は、エメラルドグリーンでやけに神秘的だ。

歩きやすい坑道がしばらく続いたのだが、またもや壕内がガレてきた。

大きなガレ場を乗り越えると・・・。

またもや、きれいな水を湛えた水槽が。

しかも、コンクリートで作られている水槽の質も、とても良い。
照明の当て方次第では、幻想的な写真が撮れそうである。

盛大な土砂を超えていくと・・・。

真っ直ぐな坑道が現れた。
まるで、今までのガレている坑道が嘘のようだ。
排水も切られており、丁寧に掘削されている。

しかし、きれいな坑道の先は再び盛大に崩れていた。

もともときれいに掘られていた地下壕の一部が、このように崩落により形を変えているのかも知れない。

しかし、すごい崩落だ。

高低差もあるので、滑り落ちないように、ゆっくりと下って行く。

天井が全て剥がれ落ちて、瓦礫が壕床を埋め尽くしている。

水槽の中には、当時の物だろうか、木片が沈んでいる。
ずっと水中に沈んでいたせいか、とても良い状態のまま保存されているようだ。

と言うことで、今回は探索記事前半と言うことで壕内を、回ってきたが、次回は更に深部へと進んで行く。

そこには、工区だったと思われる機械台座や、洞窟陣地と接続された銃眼などが遺されていた。
後編へと続きます
※ ちなみにこの地下壕は長瀬洞窟陣地と言う名称のようです
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