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[戦跡] 函館要塞を見に行ってみた~前編  2023-10-05

この記事は 函館要塞を見に行ってみた~プロローグ からの続きです。



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探索道具の準備をし、早速函館山へと向かっていく。
山頂付近は濃い霧がかかっているが、大丈夫かな…。




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函館山山頂へ向かう道路は、夕方以降の夜間は指定車以外は通行止めとなっているが、日中は自由に通行することが出来る。




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山頂付近にある、つつじ山駐車場に到着。
この上にある展望台の下にもいろいろと遺構があるのだが、今回は一般公開されている遺構の周辺しか回っていない。




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探索着に着替え、早速山に入っていく。
と言っても、基本的には高低差のほとんどない遊歩道を進むだけだ。




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遊歩道は車両通行止めとなっているが、遊歩道の先にある函館山無線中継所へのアクセスのために車両が出入りしているようで、それなりの幅があるようだ。
それにしても遊歩道入り口にあるトイレが立ち入り禁止の黄色いテープで巻かれていて、まるで事件現場のようだ。




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遊歩道に入るとすぐ左手に御殿山第2砲台がある。
急な階段を登り、砲台方面へ。




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霧の中に浮かび上がる御殿山第2砲台。
仮想敵国ロシアから本土を護るために明治期に作られたものだ。




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砲台部分などはいつでも見ることが出来るので、まずは消滅の可能性もある裏手の方を見に行ってみる。




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霧に濡れた草をかき分けながら、砲台の掩蔽部の上へと進んで行く。




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ぐちゃぐちゃになりながら小高い土盛りを越えると…。



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突然崩れた掩蔽部が現れた。
崩れ方から見ると、戦後米軍に爆破解体されたようにも見えるが、他の要塞が無事なのでただ単に地盤の劣化で崩れたのかもしれない。




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崩れた掩蔽部を覗き込んでみる。
右奥に通路のような物が見えている。




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奥へ進んでみると、土砂は流入しているが十分奥に進めそうだ。




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隣の掩蔽部に入ると、その奥にも通路が。




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掩蔽部の後部を接続し、内部で行き来出来るようにしてあるという、良く見られる構造のようだ。




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開口部方向からはすごい量の土砂が流れ込んでいる。




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そして、上部にある通気口の内部にも・・・。




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大量のレンガが詰まっている。
てか、この上ってどうなってるんだ!?
見た感じだと土盛りの上が草生しているように見えるだけだったが、草枯れした時期に来れば状況が分かるのかな!?




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漆喰の上には昭和中期ごろのものと思われる落書きも多数残されていた。
それにしても、明治期の砲台はどこも造りがきれいだ。




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掩蔽部に流れ込んでいる土砂に隙間が空いている。
あそこから外に出られそうだ。




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ゴソゴソと隙間から這い出てみると、これまたいい感じの遺構が。




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そして、その近くには新たな掩蔽部が!!




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内部に進んでみると、先ほどまでいた掩蔽部とは接続されていない別の空間だった。




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足元には大量のレンガが散らばっている。




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これはどう見ても自然崩落では無さそうだ。




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こちらの掩蔽部と掩蔽部の間は小さな通路があり、それぞれ小さな窓が備えられている。




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この辺りの構造も、各地の砲台の掩蔽部で見られるものと同じだ。




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そして、この通路。
恐ろしいことに、天井を突き破って土砂が流入している。




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ここを抜けて行けばそのまま砲台方向へと行けそうだったが、強度的にいつ崩れてもおかしくない状態に見えたので、再び掩蔽部を抜けて戻ることにした。




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先ほど抜けてきたところを再び戻っていく。




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先ほどは気が付かなかったが、土砂の上にいい感じの標識が放置されていた。
これって道路標識なのかなあ。
裏を見なかったのが悔やまれる・・・。




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この掩蔽部の上部にも大きな亀裂が入っている。




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これだけ隙間が空いているといつ圧潰してもおかしくなさそうだ。




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掩蔽部から這い出して、今度は砲台跡方面を見に行ってみる。




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少し上に上がる階段があったので登ってみる。
現役時にこんな場所に階段があったら邪魔そうだが、おそらく後年の公園整備時に置かれた物だろう。




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階段を登ると、公園のような広場になっていた。
晴れていれば良い景色が見られるのかもしれない。




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砲台横にある掩蔽部のポータルは本州で見られる掩蔽部のものよりも重厚な造りに見える。




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アーチ状の庇がレンガの前に張りだしている構造だ。




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前面にあったはずの壁は全て無くなって、開口部が広くなっている。
中央の開口部の上に乗っていたと思われる石が天井に残されているが、大丈夫なのだろうか。




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これは人為的な破壊だと思うのだが、戦後の金属ドロの仕業なのかな!?




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隣にある掩蔽部も同様の状態だったので、さらに奥にある掩蔽部を見に行ってみる。




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すると、奥にある掩蔽部も同様に破壊されていた。




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掩蔽部前の切り立った壁の感じは、観音崎で見た掘り込みと違い、石積みになっているようだ。




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うーん、この雰囲気たまらん。




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ちなみに砲台部分はボルトも撤去され、完全に公園として整備されている状態だ。
ちゃんと保存され公開される代わりに、遺構は安全な形へと変えられてしまうという事だ。




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観測所方向に進んでみる。
あれ?
なぜか新旧の階段が・・・!?




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方向的には新しい階段が観測所方向だと思うが、古い階段を登ってみる。




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するとそこには指揮所のような狭い空間が。
草生していて良く分からないが、人為的に整備してあるようにも見える。

ちなみに、この場所と新しい階段を登った先は繋がっており、休憩所のような東屋が建っていた。




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そのまま遊歩道を進み、次の遺構を見に行くことに。
戦闘指令所方向へ進んで行く。




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遊歩道から逸れ山道を行くと、石積みの擁壁が現れた。




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その先に見えてきたのは千畳敷第1砲台。




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掩蔽部を覗き込んでみると、やはり前面部が破壊されているようだ。




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もう少し近くで見ようと近づいてみる。




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内部は一部屋のみの単独の掩蔽部のようだ。




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それにしてもアーチ部分の作りこみが美しすぎる。




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奥の方にも砲台跡があったのだが、なぜかここは未整備だ。




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脇にある階段を登り、観測所を見に行ってみる。
御殿山第2砲台と違い、ここは当時のままの面影が色濃く残されていると思う。




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駐車場から距離もあるし、ここまで来る人は割とガチな人しかいないと思われているのかもしれない。




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安全対策のための手すりや柵などもなく、本当に良い雰囲気だ。




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当時の軍道を進み、今度は戦闘指令所へと向かう。
千畳敷第2砲台もあるのだが、こちらは戦闘指令所を見た後に寄っていく事にしたのだ。




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整備されているものの、夏の終わりの草木はまだまだ元気で行く手を阻んでくる。




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草木をわさわさしながら進んで行くと、やがて小さなトンネルのような物が見えてきた。
あれが、戦闘指令所の入り口か!




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丁寧な造りのトンネルにテンションが上がる。




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そして、トンネルを抜けると部屋状の空間が広がっている。




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右手に見えているのが電話室か。




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電話室は半地下構造になっており、明り取りの窓から光が差している。




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当時はここから各要塞に伝令を伝えていたと思うと感慨深い。




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こちらが明り取り側の窓だ。




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明り取りとしての機能ももちろんだが、その意匠も素晴らしい形をしている。




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この階段を中心に左右に電話室が作られている。




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この階段を上がってみると・・・。




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両側に電話室の明り取り窓がある。




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そのまま進むと現れるのが指令所。
かなり良い状態で残されている。

奥には、上から全体を眺められるように木製の階段が置かれている。




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階段を上がり、上から見下ろしてみる。




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良く見るアングルではあるが、実際に自分の目で見るとスケール感がすごい。




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上から見下ろす掩蔽部分も、なかなか他では見られない造りだ。
今回も相変わらずスマホ写真しか撮っていないが、再訪する際は一眼レフ持ってきてマニュアルで撮ろうと思う。




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その後も内部をくまなく見て回る。
漆喰の塗りこみにもこだわりが見られる。




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一通り内部を見て回ったので、そろそろ次の遺構へ行く事にし、指令所を後にする。




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メイン物件は全て出てしまった感もあるが、まだまだ遺構が埋もれていたので後半はそれらを紹介していこうと思う。

[戦跡] 函館要塞を見に行ってみた~後編 へと続きます。



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コメント

懐かしい函館要塞堪能しています!
北海道の煉瓦遺構は、あまりの寒さに煉瓦やコンクリートの隙間に溜まった水分が凍結膨張し、壊れてしまうそうな。
関東では信じられない土地柄やね~

  • 2023/10/08(日) 08:40:20 |
  • URL |
  • yakumo #-
  • [ 編集 ]

>> yakumo さん

 なるほど!
 凍結膨張で破壊されてるんですね!
 だから内部からあんな風に隙間が空いてたんですね。
 めちゃめちゃ納得です( *´艸`)

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